活き活き「人」

第11回 活き活き人 

 裸心PJのイベント、金曜の会に必ずこの人の姿あり―今回の活き活き人は、以前からスタッフや参加者の方々から「是非、活き活き人に出て欲しい」と熱望する声が最も多かった中山智絵さんです。「自分が出たところで何も立派なことは話せないですよ」という中山さんに2カ月に渡る出演交渉の末、ようやく応じてもらえることになりました。
「充実した日々でみんなに感謝。この年になって友達が沢山できるなんて想像もしていなかった」―これは中山さんの今の感想です。中山さんが裸心を知り、現在の心境に到るまでの経緯をご覧下さい。トミーちゃん、活き活き人登場です!!

           第11回活き活き「人」中山智絵さん

     ―裸心プロジェクトは多様な価値観に出会える場所

第11回活き活き人中山ちゃん
「社会人になってから新しい友達はあまりできなかった。私の職場は男性の方が特に多いのでなおさらでした」―裸心PJに参加する前の状況を中山さんはそう振り返る。別に裸心PJをきっかけに多くの人達と交流するようになった訳ではない。中山さん自身は「くしろフィルムコミッション研究会」に所属し、土日でも積極的に外出するなど外部と多くの接点を持つよう心がけていた。

そんな日々の延長線上で知ることになった裸心PJの存在。きっかけは、フィルムコミッションの打ち合わせで訪れた釧路市民活動センター「わっと」で裸心PJのポスターを目にしたことだった。「何か面白そうな団体だと思ってHPをチェックしてみました。そうしたら、ボウリングやわかさぎ釣りのことが紹介してあり、是非1度足を運んでみたいと思ったのです」

第11回活き活き人中山ちゃん






初めて参加したのは6月第3週の金曜の会。「1人はさすがに緊張すると思ったので」と友人を連れて参加した。その時の感想を中山さんは「スタッフの方が気を使ってくれて色々と話してくれました。初めてきたのに初めてではない感じがして・・・これなら参加しやすいと思いました。あと、この時の参加者は、たまたま同年代の方が多かったのもそう思った要因かも」と振り返るが、それ以上に相原代表が印象に残っているという。「その時、相原さんは裸心PJを立ち上げた経緯を話していました。特に何かやりたいという人の手助けをすることが、相原さん自身のやりたいことだと語っていたのが印象に残っています。自分の周りにそのような考え方をする人はいなかったので」

これがきっかけで積極的に裸心PJに参加するようになり、殆どのイベントで中山さんの姿を目にするようになる。裸心PJを同時期に知った参加者同士による飲み会にも毎回顔を出し、12月は自らも幹事を務めた。

出席率も高ければ当然、人との出会いや深い付き合いも生まれてくる。「かなり友達ができた。充実した日々を送らせてもらっている」と話す通り、ここ最近は一緒に映画や食事に行ったり、自身が通う岩盤浴に友人を連れて行ったりもしているという。

このように充実した日々を過ごす中山さん。多くの友達ができること以外に「多様な価値観に出会える場所」であるのも裸心PJの魅力だという。「これからも多くの個性的な人達と話してみたい。参加者ではまだ話したことの無い人達が沢山いる。自分が知らなかったり、考えつかないようなことを聞いたりするのは本当に勉強になるし、自身を成長させることができると思うのです」―多くの価値観に触れてきた中山さんは、以前とは違う自分を実感している。

第11回活き活き人中山ちゃん






「実は最近、皆さんからお酒が強いね!と言われることが多いです。自分ではそんなに飲んでいるつもりはないのですが・・・。これも裸心PJに参加するようになって気付いたんですよ。以前とは違う自分を実感しています」―中山さんは最後、笑いながらそう話してくれた。

(写真撮影・千葉志津子、SPECIAL THANKS TO 星野高志


第10回活き活き人

活き活き人も今回でついに!10回目を迎える事ができました。これも企画趣旨に賛同し、ご出演して頂いた皆様のおかげです。改めてお礼を申し上げます。

記念すべき10回目は、先日クリスマスパーティーを告知する新聞記事に載せる写真のモデルも務めた伊藤真理絵さんです。



       第10回活き活き「人」伊藤真理絵さん
           (2006年12月号)

―「裸心プロジェクトは1人にまかせきりにするではなく
            皆で楽しくやろうとする人達の集まり」―


活き活き人第10回目 まりぽん






伊藤さんが裸心プロジェクトを知ったのは、新聞で相原君が新たにベルジュエーワンの店長になるという記事を目にしたのがきっかけ。「異業種交流のことが記事に書かれていて一体どんなことをしているのだろうと思いました。それでインターネットで調べた所、裸心プロジェクトに辿り着いたのです。もし、インターネットでわからなかった場合は直接、お店に行って相原さんにお話を聞かせてもらおうと思っていた」という。

ブログには副代表の畠山君の連絡先が記載されており、それを見て伊藤さんは畠山副代表に電話をかけた。「畠山さんに金曜の会に出てくださいと言われたのですが、当時仕事が忙しく金曜の会にはしばらく参加できないということで、別の機会を設けてもらい、裸心プロジェクトについて話を聞かせてもらうことになりました」。

後日、伊藤さんは同時期に裸心プロジェクトへの参加を考えている男性1人と2人で金曜の会とは別の2人だけのための交流会に参加。最初はさすがに緊張したが「皆さんの話が面白かった。これは参加しても間違いないと思った」という。これがきっかけで伊藤さんは裸心プロジェクトに参加するようになった。


その後はバスツアー、カラオケ大会にも参加。特にバスツアーは一番の思い出で「初めてカツラを被ったり、クイズ大会では私の珍解答が取り上げられたり、正直おいしかったです」と笑いながら当時を振り返る。

活き活き人第10回目 まりぽん活動に参加するようになって2ヶ月が経過。伊藤さんは裸心プロジェクトの良さについて「1人にまかせきりにするのではなく、皆で楽しくやろうとする人達の集まり」だと話し、「10月に行われたバスツアーでそれを感じ、11月のカラオケ大会で確信した」という。それはプロジェクトの運営に関わるスタッフや参加者の姿勢から感じ取ったもので、「スタッフの方々はカラオケ大会の出し物など皆が楽しめるようなことを考えている。参加者でも及川さんのように回りに対する気配りができる大人の方もいて感心させられる」と裸心プロジェクトは参加する全員が作り上げているのだと実感したという。

そのような人達と接していく中で、伊藤さん自身にも変化が現れた。「参加する前は回りに気を使うのが疲れる方でしたが、参加するようになって疲れるということはなくなりました。これもスタッフの方や参加者の方々の影響なのかもしれません。回りからは『人が変わったな』『大人になったね』と言われるようになりました。これは本当に良いことだと思います

そして、「確かに(裸心プロジェクトは)素敵な人達の集まりですが、私自身はその人を真似することはできない。だがら、自分にしかない良い所を伸ばしていけたら。いつか『あの人素敵だな』と言われてみたい」と自分らしさを失わず、より向上していけたらと心に思い描く。
伊藤さんと親しい人達は、伊藤さんについて「いつも笑顔が素敵。回りを和ませる存在」「まりぽんからエネルギーをもらっている。光り輝いて太陽みたいな存在」と話す。自分らしさを失わず、今よりもより良い自分を伊藤さんは目指す。

第9回活き活き人

 裸心っ子です。今回の活き活き人は参加者の兄貴的な存在(笑)
である及川義教さんです。今でこそ裸心プロジェクトには
欠かせない存在の及川さんですが、実は参加するまではそうとうな
葛藤がありました。
及川さんが参加しようかどうか迷っていた理由を私は今回の
インタビューを通して初めて知りました。及川さんが参加するまでの
経緯、そして裸心プロジェクトへの熱い思い―参加を考えている人、
そして既に参加されている方も是非、このインタビューから何かを
感じてもらえればと思います。


        第9回活き活き「人」及川義教さん
              (11月号)
前向きな人達の中に入っていけば自分に
            何かフィードバックされると思うのです―


及川さん1





裸心プロジェクトを知ったのは、昨年4月に同プロジェクト発足を知らせる記事を見にしたのがきっかけ。「異業種交流をうたっているのが面白そうだ」と、いつか機会があればイベントに参加しようと思っていた。

そして昨年10月に行われたハロウィンパーティー。当初は参加しようと仮装の準備を進めていたが「若い人達の中におじさんが混じって参加していいのか。恥をかくだけではないのか」と、参加を断念した。また、金曜の会への参加も試みてみたが、「レベル(金曜日の会を行っている会場)のドアの前まで行ってみたが、中からテクノ系の音楽が聞こえてきた。だから、20代の人達が集まっていているのだと思い、その中に30代半ばの自分が参加するのは無理だと思った。異業種交流という自分が思い描いていたイメージとは違っている」と思い、そのまま引き返したという。

参加してみようとは思うものの、足踏み状態が続いたがまた機会が訪れた。それは今年3月、裸心プロジェクトと釧路市民活動センター「わっと」が行ったグループワークコミュニケーションで、及川さんの知り合いがわっとの関係者であったことから参加することに。「あの時も自分が一番年上なのでは?と心配し、佐藤さん(前・わっと事務局長)に『大丈夫なの?』と聞いたのですが、『大丈夫だよ』と言われて参加することにしたのです」

不安交じりで初めて参加してみたが、グループワークコミュニケーションでは印象的な事があったという。「大野さん(さかまるオーナー)が参加者に夢を聞いて、それについて参加者同士が語り合う時間がありましたが、あれは本当に印象に残っている。夢を語る姿を見て本当に『みんなカッコイイな』と思いましたね」。これ以降は、「裸心プロジェクトはチャラチャラした集まりではなかった。若い人達が集まって内輪で盛り上がっているサークルとも違った」とこれまでの見方も変わったという。

及川さん2その後は、お昼の交流会、キャンプ、集まれ転勤族、金曜の会に積極的に参加するようになり、8月には自身が企画して千代の浦漁港で焼肉パーティーも行った。「異業種交流ということで裸心に参加しようと思ったのですが、この辺りからはそれは別にどうでもいいかなと思うようになりました。むしろ交流の楽しさを実感できるようになりましたね。30歳過ぎて新しい友達が出来るなんて思ってもいなかった。考え方1つで色々な事ができるのだと思いますね

また、裸心プロジェクトの良さとして「交流の楽しさ」以外に「前向きな人達が多い」ことも指摘する。「自分なりに向上心というのがあり、自己啓発的なこともやってきました。裸心は色々な思いを抱いて参加している人達の集まりだと思うが、どんな思いを描いていようと共通していることは今よりもよりよい自分を目指す人達の集まり。そういった前向きな人達の中に入っていけば自分に何かフィードバックされると思うのです

及川さん3及川さんにとってかけがえのない存在になった裸心プロジェクト。及川さんはただ参加するだけではなく「裸心に何か返していきたい」と考えているという。「裸心からもらったものは大きい。だから何らかの形で返していければと。例えば裸心で知り合った人達同士に、また参加してもらうような働きかけなどをすればそれは裸心に対して還元したことになる。こういった考え方をする人達が増えれば、裸心は今よりもっと良くなるのでは」―インタビューの最後、ゆっくりとした口調ながらも熱く、裸心への思いをそう語ってくれた。

(写真撮影・滝田航



第8回活き活き人

みなさん「プロジェクトくしろ」という名前を聞いた事がありますか?
今年の8月に産声をあげたばかりで、
 屬しろに来るお客様にウエルカムマインドを!」
◆屬しろ人がくしろのことを知り、くしろをPRするひとづくりを!」
「くしろの活気ある元気な街を創ろう!」
を目標を掲げ、釧路のまちづくりをすすめていこうという団体です。
この団体の代表を務めるのは北川裕士さん。
実は裸心プロジェクトの金曜の会にも参加して頂いた事もあり今回、
プロジェクトへの思いを披露してもらおうと「活き活き人」に出演して
もらおうことになりました。北川さんの釧路への熱い思い、そして
その夢を実現させようとするパワーを感じ取ってもらえれば、と思います

         第8回活き活き「人」北川裕士さん
            (2006年10月号)

    ―何かやりたいと求めれば人はやってくる。
               そしてそれをやれば人はついてくる―


活き活き人北川さん「祖父母が北大通でそば屋を営んでいて、よく遊びに行っていました。しかし、年々北大通の風景が寂しくなるのを見て何かできないかと思っていたのです」。



大型店舗の撤退などが進む北大通を見て、釧路の街を何とかできないかと思ったのは19歳の時。しばらくは「仕事に追われていて何もできない状態。具体的なことを考える余裕がなかった」日々が続いたが、昨年あたりから心に余裕が生じ、19歳の時に思ったことを何とか実行したいと考えるようになった

手始めに「まずは人のつながりを作ってみては」との知り合いのアドバイスを受け、昨年12月に裸心プロジェクト・金曜の会に参加。自分の思いを披露したが、「(具体的に)何をしたいんですか?」という相原代表の言葉に何も答えられなかったという。「質問には答えられなかった。逆に言えばあの頃はみんなにその答えを求めていたのかもしれません」。

そうした日々がしばらく続いたが、ある時まちづくりに詳しい知り合いに相談した所「一緒に何かやってみませんか」と逆に声をかけられた。これを受け高校時代の友人達に話を持ちかけたところ「何かやりたいなら協力する」と北川さんの熱い思いに共鳴、今のプロジェクトくしろの原形が出来上がった。

活き活き人 北川さんプロジェクくしろのスタッフは高校時代からの友人5人と理念に共鳴した40代から60代の方3人で構成。当面は「釧路の人が釧路の良さを知らないと」という趣旨から地元の良さを再認識するための学習会の開催、釧路の人達が元気になれるような場所を提供するコミュニケーションスペースの設置、釧路の飲食店を網羅したA3サイズのマップを作成し、釧路の良さを外部に発信していくという

これらの活動を通じて目指すこと、それは「まちづくり」ありきではなく、「人づくり」であるという。「人が集まって初めてまちになります。ここ2―3年は人づくりという考えでやっていきたい」。
まちづくりの担い手となる人達を育成することが、まちづくりにつながっていく―プロジェクトくしろを紹介するチラシには「人づくりからまちづくりへ」と大きく明記されている。

今後について北川さんは「まちづくりについて考えている団体が
いれば、連携・協力していきたい。団体同士が主張するのではなく
お互いが手を取り合っていけば大きなことも考えられるようになる。
それが個人であってもつながっていきたい。行政と市民のパイプ役
もできたら」と話し、「まちづくりや釧路に対する市民の方々の意識を
変えていけることができれば」と意欲を見せる。

活き活き人 北川さん






「裸心プロジェクトに参加して学んだこと。それは何かやりたいと
求めれば人はやってくる。そしてそれをやれば人はついてくる

ということ。相原さんの姿勢を見るとそれを強く感じます」。

釧路を活性化させたいと思い続けた結果、プロジェクトくしろが
誕生した。やがて多くの市民が北川さんの考えに賛同し、
プロジェクトは大きなうねりとなっていくだろう。

北川さんの活動は始まったばかりだ

プロジェクトくしろについてはこちら

(写真撮影・畠山義明)

活き活き人の取材の裏側

【活き活き人の取材の裏側】

裸心プロジェクト副代表の畠山です。

先日のブログにアップされました「第7回活き活き人」の取材に僕も実は同行していました。ここで、あらためて活き活き人とは何かについて振り返ってみたいと思います。

【活き活き「人」インタビューとは?】
色々な職種、立場にある人達に交流の場を提供しようと活動している裸心プロジェクト。
私自身も新聞記事で裸心プロジェクトのことを知り、様々なイベントに参加させてもらうようになった。今では様々な人達と出会わせてもらい、多くの友人も得る事ができ、楽しい毎日を送っている。ここでは私以外にも裸心プロジェクトに参加し、多くの人達の考え方や生き方に触れ、そして自身も触発され活発な日々を過ごしている方々に登場してもらうことにした。彼らの言葉から、少しでも何かを感じ取ってもらえれば、と思っています。

これが活き活き人の取組みに対する、担当の裸心っこさんの熱い思いです。

ここで、当日自分が撮影した取材風景を紹介しますね〜!!

活き活き人






【裸心との出会いについて語る川島さん】

活き活き人取材







【活き活き人取材風景】



今回の取材には川島さんが取り上げられるということで、本間さんと及川さんが駆けつけくれました。当然、取材の後にはみんなでお酒を飲みながら交流を深めました。
  
活き活き人取材







【取材終了後、川島さんを囲んだ懇親会】
                    
                                    
これからも裸心っこさんは活き活き人の取材を続けていきます。皆さん、裸心っこさんから声を掛けてもらったら喜んで引き受けてくださいね〜!!

第7回活き活き「人」

 今年1月から始まった「活き活き人」企画。
これまで6人の方々にこの企画の趣旨を理解して頂き、
登場してもらいました。人選は当初相原君が進め、
4回目からスタッフによる話合いで決めてきました。
6人ともやはり「活き活き人」の名にふさわしく、
考え方1つを取ってもとても前向きで、退屈という言葉からは
ほど遠い毎日を過ごしている方々ばかりでした。
逆に、取材を通じこちらがパワーをもらうこともありました。

今回の活き活き人、川島剛さんは私・グルメっ子が初めて
「この人に出てもらおう」と強くスタッフに推した方です。
「自分が出たところで立派な事は話せないから」と謙遜する
川島さんに無理に出てもらった格好です。
なぜ、そこまで川島さんにこだわったのか?
それは、川島さんが7月のキャンプで言った
「釧路に来て今が一番楽しい」という言葉が
とても心に響いた以上に、裸心に出会うまでの川島さんと
かつての自分がだぶって見えたのです。


           第7回活き活き「人」川島剛さん
             (2006年9月号)
             
―「これでは釧路に来た意味がない。辛いこともあったけど、それ以上に想い出を語ることができたら」―


第7回活き活き人川島釧路は出生の地であり、生まれてからの3カ月間をこの土地で過ごした。そして30年近い時を経て、昨年4月に再び釧路へ。来釧した当時、土日は図書館に通ったり、1人で遠出などしていたという。その当時を川島さんは「私は楽観的なので何も考えない方ですが、さすがに1年2カ月もこのような日々が続くと、“やばいなぁ”と思いました。親も転勤族だったので釧路に来ることは何てことはないと思っていたのですが。大学受験より苦しかったですね」と振り返る。





第7回活き活き人川島「これでは釧路に来た意味がない。辛いこともあったけど、それ以上に想い出を語ることができたら」―その思いで川島さんは、交流ができるサークルや団体をインターネットで調べるようになった。その延長線上で知ることになった裸心プロジェクトの存在。「飲み会やフットサルのサークルなどもあったけど、裸心が自分にとっては一番マッチしていた。まさに、ど真ん中ストレートでしたね」。





そして、初めて6月に行われた金曜の会に参加。
「1人で行ったのもあるし、さすがに緊張した」が、
「大人の配慮なのか、参加者の方は色々と気を使ってくれた。
相原君も初めての人と打ち解けるのが上手いなあと。
また参加してみたい」と思ったという。
そして数日後、その時の参加者から手紙が届き、今ではその手紙を
出した方と飲みに行ったりしているという。


第7回活き活き人川島






これ以降、川島さんは裸心プロジェクトのイベントにほぼ毎回参加するようになり、トレードマークである自転車をイベント会場付近で多く目にするようになった。

また、川島さんと同時期に裸心プロジェクトを知った参加者同士で
定期的な飲み会をやるようになり、この集まりは川島さんの
人柄からか「川島商会」と呼ばれている。
「6月から9月にかけて生活のペースが変わってきました。
現在は大雨の後に薄日が差し込んできた感じです」


そして、この裸心プロジェクトの良さについて川島さんは
「英会話講師から聞いた話ですが、アメリカは転勤が
盛んなため、全米各地で異業種交流が行われているようです。
このような仕組みはどこに行ってもあるべきだと思うが、
日本にはこのような文化がない。そう考えると
(転勤族を主な対象としている)裸心プロジェクトは
進んでいると思う」と話し、「これからも頑張って欲しい」
と関係者にエールを送る。


これからも続いていく裸心プロジェクト。
そして私たちはあの自転車をこれからも会場付近で目にするに違いない。

(写真撮影・及川義教

第6回活き活き「人」

再び代表の相原です。

ついに第6回活き活き「人」の公開です。



Tさん:「私のお友達で、”夢のある人と話したい!”っていう人がいるんですよ。」

相原:「おっ、それは俺のことか?!そんなことを言う人とお話するのは望むところだ!」

―今回ご紹介する「佐々木亜矢さん」と僕との出会いは、とある参加者の一言がキッカケでした。

さっそくランチをしながら色々お話をし、あっという間に3〜4時間が過ぎました。

お会いする前は、「夢が見つからないから、夢のある人と話したい。」と言っているのかと思いましたが、それは全く逆でした。

「夢があり、そのモチベーションを維持したいから、夢のある人と話したい。」ということに気付かされました。



               第6回活き活き「人」
                2006年8月号
               
                佐々木亜矢さん


「いつかやりたい!いつかできればいいな!では夢は叶わない。“やりたい”ではなく“やる”ことつまり、有言実行が大切!」


語り 












「転職を考え、ハローワークに教育給付金制度について相談しに行った時、窓口に資格紹介の雑誌が何冊か置いてありました。資格のほとんどはカタカナばかりでしたが、“日本語教師養成講座”だけ漢字だったのでこれしかない!と思ったんです」―きっかけは偶然目にした日本語教師養成講座のパンフレットだった。

しかし、「何年か前に英会話を勉強していたし、昔イギリス人を2―3日家にステイさせたこともあり、留学してみたいという願望もあった」というように、かつて思い描いていた夢が佐々木さんを後押しした。

 そして平成15年10月、札幌にある日本語教師を養成する学校に入学。学校の費用は先の教育給付金制度(上限20万円)を活用した。授業は週3回の1日3時間。それ以外の時間は派遣会社でアルバイトや北大の留学生に日本語を教えるボランティアを行なった。

 ボランティアを始めたきっかけは「クラスメイトに日本語をボランティアで教えている人がいたんです。(人に教えることによって)教科書だけではわからないことが学べるよと言われて。また教科書には中国人はここを間違えやすい、韓国人はこう間違えるということが書かれているが、本当にそうなのか確かめてみたかったから」だという。

手振り 











ボランティア活動を通じて、佐々木さんは文化や考え方の違いを数多く体験した。その中で最も印象に残るエピソードがあるという。

「私が中国の方に、日本に来て一番びっくりしたことは何ですか?と質問したんです。そうしたら日本は、1人亡くなっただけでニュースになることがびっくりしたと答えたんです。中国は人口が13億人いますから1人亡くなってもニュースにはならないのかもしれませんね」。

 ただ、苦労することもあった。ある時は、指導したことを素直に受け入れてもらえないことも。「文化の違いで受け入れてもらえなかったのかも。だからそれを否定することはできなかった」が、佐々木さんはとても前向きで「困ることがあっても困ったと思えない性格なんです。困るようなことでもそれに関心を示したり、面白く感じてしまうんです」と笑いながら当時を振り返る。

笑顔 











学校のカリキュラムを終え、昨年秋に帰釧。現在はアルバイトをしながら10月の日本語教師試験合格を目指して勉強する日々で、今は夢を叶えるための「準備期間」だと言う。

 「いつかやりたい!いつかできればいいな!では夢は叶わない。“やりたい”ではなく“やる”ことつまり、有言実行が大切。やりたい!やりたい!を言っている間は準備期間ではなくただの暇つぶしに過ぎないのだと思う」。しっかりとした口調で話し、自らを奮い立たせる。

 「まずは、日本語教師になること。そして自分の生徒に韓国人が多かった影響から1年前から韓国語を勉強しています。いつか韓国で働いてみたい」―自分の夢を回りに伝え、それを叶えるための努力をしている有言実行の佐々木さん。夢に向かっている準備期間はやがて本番の時期を迎えるだろう。

(写真撮影・相原真樹)

第5回活き活き「人」

クレープ こちらのクレープ、食べたことありますか?

あるいは深い緑が印象的なワゴン車、見かけたことありますか?


スケジュールどこで営業しているかと言いますと・・・
<7月の営業場所>
(あくまでも予定です)
土曜(中標津)川口薬局
日曜・祝日(中標津)マックハウス
金曜(別海) Aコープ(第3週まで)
平日(中標津)川口薬局(不定期)

※暑い日は2時頃から夜半にかけて営業することになると思います。


とのことです。

今回の活き活き「人」は、そんな移動式のクレープ屋さんを営業する掛水夫妻を取材させていただきましたのでご覧ください。(ホームページにもアップしてあります。


              第5回活き活き「人」
              (2006年7月号)

                掛水孝さん

やりたい事があっても様々なことが原因で出来ない人もいるが自分はそうではない。自分がやりたいと思えばできる状態にある。
 どうしたらそれができるのか、それだけを考えればいい



売り切れ 6月11日午後6時。

待ち合わせ場所である中標津町の川口薬局前を訪れると
1台の緑色の車が停まっている。
辺りからクレープを焼くいい匂いが漂ってくる。


車に目をやると「本日完売」の立て札が。
売り切れで食べられずじまいかと思っていた矢先
「人数分残しておいたんですよ」との声が私達を出迎えてくれた。

添加物を含まない生乳100%の生クリームを使った
クレープはほどよい甘さで、あっさりとしていて何枚でも食べられる。

移動式クレープ屋さんを営むのは別海町西春別在住の掛水夫妻。
実は、だんなさんの孝さんにはもう一つの顔がある。
それはスノーボードのインストラクターとしての顔であり、
冬の間はゲレンデで過ごしている。そしてスノーボードを
より満喫したいと思い、なんと東京から北海道へ移り住んだのだ。
そんな掛水さんに我々は興味を持ち、北海道に移り住むまでの
経緯など色々聞いてみたいと思い今回、掛水孝さんに活き活き人に
登場して頂くことにした。

掛水1 スノーボードとの出会いは7年前。始めたきっかけはスポーツ店で目にしたスノーボードを見て「かっこいいと思ったから」と笑いながら振り返る。
以前はバイクを運転するなど「体を動かすのが好き」だった掛水さんはたちまちスノーボードのとりこになり、2年前にJSBAC級、昨年はJSBAB級のインストラクター資格を取得するまでになった。

そして、いつからか「スノーボードインストラクターとして働きたい。自分はスノーボードが好きだし、もっとスノーボードができる環境にしたい」と思うようになり、スノーボードが思いっきりできる場所への引越しを模索し始めるようになった。


しかし、引越しすることについては「正直不安はあった。
1年以上は考えた」。だが、「あの時やっておけば良かったと
思うことだけは絶対にしたくなかった。自分のやりたい事は
明確ではっきりしている。やりたい事があっても様々なことが
原因で出来ない人もいるが自分はそうではない。自分がやりたいと
思えばできる状態にある」と思い、北海道へ渡る決心をした。

奥さんも「途中から彼が本気なのがわかった。いくら好きなことと
言っても趣味を仕事にしていいのか?という疑問は世間一般に
あるかもしれないが、自分達の中にはなかった」と掛水さんの考えに
賛同したが、「ある時(掛水さんが)『今シーズンはもう終了した。
来シーズンも滑り続けるには今の仕事をやり続けないと』と
言ったのを聞いて、彼が自分自身に言い聞かせている感じがした。
あの頃は、組織(勤務先)のあり方に疑問を感じ、仕事に意味を
見出せなくなって、働き始めた頃に抱いていたはずの一生懸命さを
なくしているように見えた。二人とも仕事が単なる生活の糧だとは
考えていないので、彼が今後もそういう気持ちで働き続けるのだと
したら、家族としては辛かった」と当時の胸の内を明かす。

掛水2 
そして、自分のやりたい事を実践するために北海道へ。
北海道別海町を選んだのは奥さんの友人が町内で牧場を営んでおり、住む場所についても探しておいてくれたからだという。






これと同時に、東京で購入した自動車を利用した
移動式のクレープ屋さんをはじめることに
「冬の間はスノーボードインストラクターとして働くことは
決めていたので(できるという保障は全然なかったけれど)、
夏は別の仕事を…と考えた時に、どこかに勤めるのではなく、
自分たちでマフィンやクレープの移動販売を夏の間だけやる
というのも楽しいのではないかと思って」。

 冬はスノーボードインストラクター、夏の間はクレープ屋と
1年にやりたいことを2つも実践している掛水さん。

そんな掛水さんに「やりたい事をやろうとしている人に何か
アドバイスは?」という問いを投げかけたところ
「“やりたいこと”がある人は、それが本当にやりたいこと
なのかずっとずっと考える。そして意志がはっきりしたら、
不安な要素をあれこれ考える代わりに、どうしたらそれが
できるのか、それだけを考えればいいのではないでしょうか」

との答えが返ってきた。

1年以上、スノーボードがやりたいことなのかを考え続けて決心し、
あとはやりたい事の実現だけを考え実現させた掛水さんだからこそ、
その言葉には説得力があり重みがある。

「もっとスノーボードの技術を磨きたい」―来シーズンも
ビラオ(弟子屈町)のゲレンデにはスノーボードを思いっきり
楽しむ掛水さんの姿があるだろう。

「自分が人に教えるなんてめっそうもないです。是非、一緒に滑りましょう」

(写真撮影・相原真樹)

第4回活き活き「人」

活き活き「人」インタビューとは?

裸心プロジェクト 活き活き「人」担当記者:裸心っこより


 色々な職種、立場にある人達に交流の場を提供しようと活動している裸心プロジェクト。
 
 私自身も新聞記事で裸心プロジェクトのことを知り、様々なイベントに参加させてもらうようになった。今では様々な人達と出会わせてもらい、多くの友人も得る事ができ、楽しい毎日を送っている。

 ここでは私以外にも裸心プロジェクトに参加し、多くの人達の考え方や生き方に触れ、そして自身も触発され活発な日々を過ごしている方々に登場してもらうことにした。
 
 彼らの言葉から、少しでも何かを感じ取ってもらえれば、と思っています。

                     
1 4月5日に第3回活き活き「人」が公開されてから、もうすぐ2ヶ月になります。少し間が出来てしまいましたが、何とか5月中に公開することができました。(こちらホームページでも公開しています。

 今回の活き活き「人」は今村静香さん。



 自分は「人見知りだから・・・」と、興味があっても参加できずにいる方、これを読んだら変わるかもしれないですよ。




              第4回活き活き「人」
              (2006年6月号)

                今村静香さん

2 「今は裸心の皆勤賞を目指しているんですよ」 ―笑いながら今村さんはそう話す。
1月中旬に行われたボーリング大会からつい最近のカラオケ大会まで、全てのイベントに参加し、まさに“皆勤賞”継続中の今村さん。

イベント参加を通じて「自分は人見知りだと思っていたが、それは誤解だったのかも知れない。人好きな自分に気付きました」 と新たな自分を実感している。

 裸心プロジェクトを知ったきっかけは、友人の職場の先輩が現・裸心スタッフで昨年10月に行われたハロウィンパーティに誘われたのがきっかけ。その後、1月のボーリング大会まで参加することはなかったが、このボーリング大会で“皆勤賞”を目指すきっかけが生まれた。

「やっぱりあのストライクがあったからこそ今の自分があるのだと思います」

2 「(今までは)親や古くからの友達など狭い範囲での交流でしたが、より広い範囲で人と交流してみたい」と思い参加したボーリング大会。
このボーリング大会は参加者同士がチームやペアになってスコアを競う対抗戦方式で行われた。

最後の10フレーム目。ペアを組んだ相手の女性が見事スペアを出し、そして続く今村さんはストライクを決め、これが決め手となり、今村さんペアは見事優勝する。
優勝商品で手にした上士幌町糠平にあるスキー場のリフト券。

 当初は「その場でこの付き合いは終わるのでは」と思い誰かにチケットを譲ろうかと考えていた矢先、相手の女性から一緒にスキーに行かないかと誘われることに。また、これに合わせて以前から裸心プロジェクト内で計画されていたスノーボードツアーも糠平のスキー場で行うことが決まり、これに相手の女性と一緒に参加することになった。

 また、優勝したチーム、ペアがお互い連絡を取り合って優勝祝賀会も行われ、その時に今村さんはわかさぎ釣りツアー(2月開催)にも誘われ参加する。「ボーリングで優勝し、歯車がかみ合った。優勝したから祝賀会にも誘ってもらい、より交流を深めることができました。(優勝を決めた)あのストライクは運命のストライクだったのかも」。

3 そして3月のスノーボートツアー。糠平のゲレンデにはもちろん今村さんの姿があった。
運命のストライクが導き出した、イベントへの継続参加。

 最初は「やはり緊張した」とのことだが、今は「裸心のイベントは字の通り、心を裸にして気を使わないで参加出来る。帰る時は『あぁ来て良かった』といつも思えるんです」と裸心プロジェクトは今や欠かせない存在であり、「だからこそ裸心に恩返しをしたい」と今村さんは言う。

 今後については「イベントを手伝ってくれないか?と言われたら手伝っていきたいし、いち参加者として裸心プロジェクトを盛り上げていければ」との考えだ。

 かつては「自分は人見知りな方で気を使うくらいなら狭く深く付き合っていた方がいい」と思っていたが、裸心のイベントを通じて知り合った友達と週末になれば遊びに行き、また5月からは新しい生活に向かって、OA事務を勉強する学校にも通学するなど充実した日々を過ごす。

「手帳がないと今はスケジュール管理ができないんです。手帳を必要としなかった私が手帳を買うなんて」

そう言う今村さんの表情は本当に活き活きとしていた。


(写真撮影・相原真樹)

第3回活き活き「人」、ブログにて公開!

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 もうすでにホームページをご覧になって、お気付きの方も多いかと思いますが、第3回活き活き「人」が公開されました。公開のご案内、そして携帯でブログをご覧頂いている方に記事全文を掲載致します!


 今回の取材対象は、星野高志さん。初の裸心スタッフです!ただスタッフと言っても、初めて裸心に参加したのは昨年の11月。スタッフ紹介にも書いてある通り、それ以来”いつの間にか”スタッフになっていたという星野さんですが、半年も経たないうちに3月のセミナーではリーダー格に。今回、3月のセミナー成功の流れを受けて、4月の活き活き「人」に登場してもらうことにしました。

 最後に触れますが、裸心を運営するスタッフ全員がまさに活き活き「人」です。今後もイベント終了後、そのリーダーを務めたスタッフも取材していければと考えています。

 それでは・・・


             第3回活き活き「人」
             (2006年4月号)

               星野高志氏

       「これなら釧路を活性化できると思ったのです」


hoshino2 今回は裸心プロジェクトのイベントに参加してもらった方々ではなく、実際にスタッフとして運営にあたっている人物に登場してもらうことにした

―星野高志さん。彼はどのイベントにも積極的に参加し、
プロジェクト運営の中心的な役割を果たすなど、スタッフの中でも最も活き活きしている人物の一人だ。彼はスタッフ活動を通じ「人と人とのつながりの大切さや、他の人達の経験をもらうことができる貴重さを実感することができた」と話す。

 参加しようと思ったのは釧路市民活動センターで裸心プロジェクト主催の転勤族の集いを知らせるポスターを目にしたのがきっかけ。別海出身の星野さんは、以前は自身も札幌、広尾、釧路に赴任した転勤族であった。

 そして11月2週に開催された金曜日の異業種交流会に初めて参加。「(勤務先以外の人と)交流をすることができて面白いと思った。また知らない人と合うのは勉強になった」という通り、それ以降も継続的に参加するようになっていた。

 そんな中、星野さんは相原さんがやりたいと思っていた起業家セミナーに興味を持つ。「釧路を活性化したい。しかし、今までの釧路は内に対して釧路を発信するだけだった。確かに、外に対して釧路の“商品”を発信することはあったが、釧路という“マーケット”を発信するというのは新しい発想だった。これなら釧路を活性化できると思ったのです」。

 スタッフとして3月のセミナー実現に向け東西奔走の日々を送りながら、その延長上でクリスマスパーティー(昨年12月開催)やボウリング大会(今年1月開催)のスタッフも務めた。
「楽しかった。やり遂げたという達成感を味わえた。スタッフの醍醐味を実感することができた」と話すように、やがて裸心プロジェクトは星野さんにとって「心地の良い場所」へとなっていく。

 しかしその反面「裸心プロジェクトが目指すもの。裸心じゃなきゃできないことは何なのか?」を模索していくようになった。

そして、迎えた3月4日のセミナー本番。「セミナーでは素晴らしい出会いもあり、ためになる話も聞けた。これをどう釧路の発展につなげていけるのか?ということも考えた。「セミナーは本当にやって良かった」と思ったが、セミナー開催までの経緯を振り返り「裸心でしかできないこと。それは人と人とを結び付けたり、他人しか持ち合わせていない貴重な経験を体験することができる場所」ということも強く実感したという。

裸心プロジェクトだからできる人と人との交流。

hoshino3 今の星野さんは「人のやりたいことや自分が共感できることをフォローしていきたい。それは自分の為でもあるから」とし、今後はフォロー役として人と人との結び付きを演出していきたい考えだ。

 人が活き活きと活動するために必要なのは「人」との出会い。
その「人」との出会いを提供する人達もやはり活き活きしていた。

高校時代からの星野さんの友人は「星野は今が一番楽しそうだ」と語ってくれた。


(写真撮影・相原真樹)
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釧路「金曜の会」会場
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