活き活き「人」

第20回活き活き「人」

整いました!釧路の夏とかけまして、しょっぱい打ち上げ花火と解きます。
「その心は?」。
ホンの一瞬で終わります…。

裸心プロジェクトの覆面ライター・ねずっち2号です(ウソ)。この夏、あの名企画が2年ぶりに戻ってきました。かつてこの裸心ブログを舞台に、交流会やイベントを活き活きと彩る名物(?)参加者らを取り上げ、大きな反響を呼んだ『活き活き人』です。2006年2月に第1回が掲載され、2008年8月の第19回で休止した企画ですが、このたび臨時ではありますが復活いたしました!

区切りとなる20回目の活き活き人は、通称・マジシャンとして知られるあのお方です。金曜の会の席上で、鮮やかな手さばきでトランプなどを操る彼のテーブルマジックに、参加者たちの間から歓声(黄色い声?!)が沸き起こったことは数知れず。まさに花火のごとき一瞬のイリュージョンですが、果たしてその原点はどこにあったのか?そして知られざるその横顔とは?“マジシャン”の美学とこだわりが、随所に垣間見えるインタビューとなりました。どうぞご覧ください!!


            第20回 活き活き人 山田康博
   
               『 I MAGICIAN 』


某信金の釧路支店にて貸付を担当するお堅い金融マン、それが彼の昼間の顔だ。オホーツク育ちの29歳。昨年4月、転勤で釧路へやって来た。「住む前は、霧でジメッとしてカビが生えてくるみたいなイメージ。実際は適度に都会で住みやすいマチだったので、けっこう印象が変わりましたね」と、来釧当時を振り返る。

?


トルネードマートの黒いジャケットとパンツ、ハイストリートのプリントシャツというおなじみのファッションで、金曜の会に初登場したのが昨年6月5日。職場以外に知り合いが一人もおらず、週末は帰省して地元の友達と飲み歩くか、アパートの自室でネットショッピングに興じる夜が続いていた。「このままでは腐ってしまう…」。ネットで交流会やコミュニティを探したら、最初に表示が現れたのが裸心プロジェクトのブログだ。参加を即決し、さっそく会場である『Pieno Di Q厨』へと足を運ぶ。「そんなに参加者と話せなかったけど、人と人のふれあいが心地よく、ニコニコしながら最後まで時間を過ごせたのを覚えてます」。ジントニック、カンパリにバーボンetc。好きなお酒を自由に楽しみながら、人の輪の中で過ごす居心地のよさがすっかり気に入り、次もまた金曜の会に来ようと思ったそうだ。お得意のマジックが交流に役立ったことはもちろん言うまでもない。

?

マジックとの出会いは、7歳の頃にさかのぼる。当時住んでいた札幌のデパートのおもちゃ売り場で、マジックディーラーが実演する『お化けハンカチーフ』に出くわした。まるで閉じ込められたお化けが、逃げ出そうとするかのように上下する不思議なハンカチだ。子供心に「きっとものすごい仕掛けがあるぞ!」と、全財産(笑)の1500円を投じて買ったのだが、自宅で開いた取扱説明書に書かれていたタネがあまりにバカバカしく思え、ハンカチをぶん投げてふて寝してしまう。翌日、部屋の隅に横たわるそれを見て、おもちゃ売り場で出会ったあの衝撃がよみがえった。「こんなちゃちなタネでも人を驚かせることができるんだ!」。それからはマジックにまっしぐら。「毎回買うわけでもないのに、例のおもちゃ売り場をしょっちゅうウロウロして、マジックディーラーにうっとうしがられましたね」と、苦笑いする。

?

内輪の友人にマジックを披露して彼らが驚く姿を楽しむ日々に、5、6年ほど前転機が訪れた。趣味がマジックだと知った職場の上司が、取引先を招いた春の懇親会での余興を頼んできたのだ。「いーっすよ♪」と二つ返事で軽く引き受けたものの、マジックの手順を間違えたり、舞台のBGMが途中で終わったりと、段取りの悪さが災いしてマジックショーは大失敗する。200人ほどの客席に漂うしらけた空気と失笑を目の当たりにして、「この場から消えてしまいたい…」。死にたくなるほどの屈辱を味わったことで、ステージをとことん極めてやると心に決めた。数ヵ月後、異動先の美幌でリベンジの機会が早くも訪れた。同じく取引先との懇親会での余興のショーだ。完璧なタイミング、完璧なステージ運び。80人ほどの客席から起こるやんやの喝采に、舞台の彼は心の中で思わず快哉を叫んだという。「ザマーミロ!!」。

「ショーの醍醐味は?」と尋ねたら、「自作自演なところです」という答えが返ってきた。自分の色で染め上げるため、舞台にアシスタントは一切登場させないという。人を使うと完璧に舞台をコントロールできないからだ。ショーのポスターやチラシも、手書きのイラストを加えたりしながらパソコンで自作する。好きなことはとことん突っ込む凝り性らしく、手品の道具を自作することもある。マジック以外の趣味は、酒・音楽・映画・読書。イギリスのロックバンド、パルプのシンガーとして知られるジャーヴィス・コッカーと、アメリカのモダンホラー作家であるスティーヴン・キングが自身のアイドルだ。読書好きが高じて、自作の長編スリラー小説をペーパーバックで自費製作し、凝った内容が仲間内で好評を博したこともあるそうだ。地元の月間情報誌に趣味のコラムを執筆したり、地元クラブでロックDJも務めるなど、その横顔は多趣味かつ多才である。

?

淡々と舞台が進む中、かみそりや針を使ったショッキングなネタが突如顔を出す。こんな黒い味わいを随所に仕込むのがマジシャン・山田の持ち味だ。リスペクトするのは、フランスの世界的マジシャン、デビッド・ストーンと日本が誇るマジックコンビ・ナポレオンズ。彼らの毒を含んだコミカルな笑いが、自身のショーの目指すところでもある。でも、アブナイ世界観はあくまでも舞台の上だけのこと(笑)。これからは、ボランティアやチャリティといった、マジックが人にとって役立つ意義を見つけていきたい。例えば、病院に入院する子供たちに自分のマジックを見せられたら、つらく苦しい日常を忘れ、一瞬でもニコッとほほえむことができるかもしれない、なんてことを考える。「マジックは華やかな見た目と違って、地味でストイックな仕込みがたくさんあるんですよ」。こんな隠れた努力も、舞台の向こうの大人や子供の驚いた表情を見れば、一発で吹っ飛んでしまう。子供たちの笑顔に触れるのももちろん楽しいが、ショーをやっていて最高の瞬間は、実は「大人が子供の顔に戻ること」。一見クールな彼も、舞台の上では子供の心に戻っているのかもしれない。そんなことを考えさせられるセリフだ。

?

これからの抱負を尋ねたら、穏やかにほほえむ彼からこんな言葉が返ってきた。「生涯マジシャンのつもりです」。不可能が可能となるトリッキーな世界に魅せられた一人の青年が、エンターテイナーとしてマジックへの限りない愛と忠誠を心に誓う。そんなマニフェストに触れた気がした記者の脳裏に、ふとパルプのナンバー『I SPY(アイ スパイ)』の、ジャービスの低い歌声が流れていった。それになぞらえるなら、まさにI MAGICIAN(アイ マジシャン)というべきか。山田のショーにどうやら終わりはない。

                 (取材・及川義教/写真撮影・星野高志)

第19回 活き活き人

裸心PJの映画好きが集まり、映画談義を肴に酒を飲む会がある。市内末広の一画にある韓国料理店で、杯を重ね料理に舌鼓を打ちながら、この日の話題である韓国映画について話していた時だった。どこか郷愁を帯びて聞こえる店名の『こひゃん』という響きに、ふとその意味が知りたくなって彼女に尋ねた。店を選んだ幹事役の彼女はこう教えてくれた。ふるさと、という意味だと―。

            第19回 活き活き人 松本祐子さん

             〜 彼女をめぐる5つの組曲 〜

2006年3月、札幌。「窓側はお客さまが座る席だ!お前らは通路側に座れ!!」。研修用のバスに乗り込み、窓側の席に何気なく腰を下ろした時だった。研修生たちに教官の怒声が飛び、彼女は慌てて通路側へと席を移した。道内を1周する添乗員(ツアーコンダクター)研修がこうして始まった。層雲峡や小樽運河、登別温泉、阿寒湖温泉と観光名所を駆け足でいくつも回る10日間の日程だ。朝は6時前に起きてホテルの朝食会場のチェックの仕方などを学び、夜は旅程を管理する裏方の心得などの勉強会が遅くまで続く。「添乗員は声がよく通らなければ務まらない。今から発声練習だ!」。函館・朝市の前で突然、道行く大勢の観光客らを前に、自分がなぜ添乗員になりたいかを大声で叫ばされた。鬼教官のスパルタ教育の下、常に人としてのマナーが厳しく見られ、そして問われた。何でもできるはずだと思っていた自分が、さんざんに怒鳴られ泣かされた10日間。全日程を終え、彼女は思った。「(自分を)素っ裸にされた」。学生時代から憧れた海外での仕事に就くチャンスだ。そう思い、釧路の商事会社のOLを辞めて身を投じたのだから、今さら自分には向いていなかった、無理だとは言いだせない。「やるしかないんだ」。彼女はその場に踏みとどまった。
活き活き人・松本祐子






2007年8月。参加者だった年上の友人に連れられ、彼女は初めて裸心・金曜の会に姿を見せた。自称・あがり症の小心者。緊張を感じながらも他の参加者たちとの会話の輪に加わる中、彼女は2ヶ月前のあるネットコミュニティのオフ会のことを思い出していた。友達が欲しいという思いから、勇気を振り絞り参加したそのオフ会で、世代の違う20代前半の若者たちの中に、身の置き所がないまま座り続けた苦い出来事があったのだ。「今度は失敗したらイヤだな」。事前にチェックした裸心のブログには、一歩を踏み出して参加し活き活きと輝き始めた参加者たちの姿が紹介されていた。「もう1度勇気を振り絞れば、自分の居場所があるかもしれない」。金曜の会の後の二次会で、さほど年の変わらない参加者たちとお酒を飲みながら談笑し、帰り際に時計を見たら針は午前3時を回っていた。あのオフ会で2時間苦痛を味わったのに、裸心では3時まで過ごせたんだ―。心から語れ、ありのままの自分を受け入れてくれる仲間との出会いに、居場所を見つけたかもしれない、と彼女は思った。
活き活き人・松本祐子






2006年6月、仙台。駅前の夜のオフィスビルの3階で、彼女はデスクに1人向かっていた。大手英会話学校のマネージャー。それが彼女の肩書きだった。6人の外国人講師をマネジメントしながら、月1000万以上の売り上げを稼ぎだすため、無料体験レッスンをして受講生を確保し、アルバイトを採用・教育、そして経理と仕事はすべてこなした。ノルマを達成するために、自分の時間を削って夜中まで働き、友達と飲みに行く時間すらない日々が続く。人気がないと仕事が割り当てられず、道内勤務では海外で添乗員として活躍するのはまず無理というシビアな世界に見切りをつけ、得意な英語のプロフェッショナルとして第一線で働きたい。こんな思いで転じた新たな仕事は、自分が思い描いていたものとは違っていた。「やるしかないんだ」。腹をくくって目標達成のために一生懸命働き、どんどん肩書きは上がっていった。4ヶ月で部下を5人持ち、彼らに営業ノウハウを伝えるまでになったが、唯一の休日は誰とも話をしたくなくて1日中自宅で寝ていた。「こんな生活でいいのか」。そして気づいた。「人がお金としか見られなくなった」。そんな時、釧路の古巣の商事会社で自分の後任が退職するという、風の噂を耳にした。無理かもしれないが復職を掛け合ってみよう…。そして2007年4月、刑務所から解き放たれた思いで、彼女は釧路に戻ってきた。
活き活き人・松本祐子






2007年9月。網走原生牧場観光センター、オホーツク流氷館と巡る裸心・網走バスツアーの車中に彼女はいた。1人で参加を決めたので、まるでアウェーにいる心境だった。緊張から来る疲労を覚えながら思った。「(裸心には)いろんな人がいるんだな」。昼食のバーベキューや車内でのゲームと時間が過ぎていき、日帰りのバスは夕暮れの釧路に戻る。家路に就きながら彼女はツアーのことを考えていた。「ボクには暗黒時代があるんです」とほがらかに語るあるスタッフの印象的な言葉や、スタッフたちがツアー参加者のために全力を出す姿が羨ましく思えたことを。「今まで自分のためだけに生きてきたわたしも、人を喜ばせたり役に立つことができたら」。心の中で少しずつふくらんだ思いは、今年2月の第4回『映画を語る会』の幹事役として小さな実を結んだ。当日語る映画のテーマを決め、資料に配布するレジュメを作り、雰囲気のあるお店を選んでと、集まったみんなが笑ってくれる姿をあれこれ想像しながら迎えたその夜は、参加者たちはもちろんのこと、彼女自身にとっても楽しい2時間となった。
活き活き人・松本祐子






2008年7月、釧路市武佐の森。午後の日差しが照りつける緑の中の遊歩道で、彼女は裸心スタッフのインタビューを受けていた。そこは、一月前に裸心・武佐の森&春採湖散策ツアーで訪れた場所だ。釧路のような田舎で自分の人生を終えたくない。男勝りのキャリアウーマンになって都会でバリバリ稼いでみせる。そんな夢を抱いてかつて背を向けたこのマチが、年を重ねるごとに人間らしくていいな、と思えるようになってきた。手を伸ばせばそこに山があり、川がある。幸せの原点だと彼女は思う。裸心を通じて地元のよさをあらためて教えられた。自然に触れている時間が一番の癒しだと今は感じる。「(自分にとって)なにが幸せなんだろう?」。居場所を求めて模索を続けた過去を振り返りながら、彼女は自問自答した。「いつか必ず英語のプロとして働きたい。安住の場所を得るために自分はベストを尽くす。わたしは死ぬまで旅人なんだ」。彼女はこの秋、札幌へと転勤する。好きな英語をもっと学び、英語の仕事に携わるチャンスが再び巡ってきた。もう少し釧路にいられたら、とも思う。「家族とは違うふるさと」。あなたにとって裸心とは?と尋ねられたらこう答える。釧路を離れても「そんな人、いたよね」と思い出にされることなく、これからも参加し続けていきたい。「ためらわずに言いたいことを言い、やりたいことや思っていることにチャレンジしようよ、とみんなに伝えたい。夢は誰かに話してみるのが一番。そこから人に広がっていくし、人に夢を語ることは、人に夢を与えるのと同じだと思うから」―。彼女の長いインタビューが終わった。

          (インタビュー/構成:及川義教、写真協力:星野高志)

第18回 活き活き人

4月のある日曜の朝、釧路市鳥取北の静かな住宅街に『エコ・スタジオ』を訪ねました。昨年9月に開かれて好評だった、裸心PJ・釧路湿原ツアーのガイド役を務めていただいた、“吉田先生”こと吉田三郎さんのご自宅です。応接間のテーブルの上には、タンチョウの親子や珍しい野鳥の姿、馬でトロッコを引いていたかつての湿原風景の写真などがズラリと並び、吉田先生の満面の笑みと共に、取材に訪れたわれわれスタッフを出迎えてくれました。日本自然保護協会・自然観察指導員として活動する先生が、いったいどんなお話を聞かせてくれるのか(^.^)では、ご覧ください。

           第18回 活き活き人 吉田三郎さん

       ― 人間、一生勉強。真理の探究が面白いのです ―

「裸心のみなさんが、今まで案内した中で一番若かった。いつもは定年を迎えた60代や、40代、50代の方々を案内しているので、この時ばかりは身も心も若返りました」。若い人たちに、昔と現在の湿原の姿や自然の大切さを伝えたい。こんな思いでガイドに臨んだが、「みな反応がよく、何か教えたらすぐに返ってくる。意外に知識があって、ちゃんと勉強して来ていた。空気の読める知性の高い若者たちだった」と、ツアー参加者たちを絶賛する。チョッとホメ過ぎでは?とたずねたら、お茶を出してくれた先生の奥さまが、「家に帰ってきてから『みんな真剣に聞いてくれた』と話していたんですよ」と口を添え、裸心・湿原ツアーの印象は本当に強く心に残った様子だ。

吉田先生ご夫妻






現在72歳の吉田先生だが、「年を取ったガイドは自分くらいしかおらず、北海道で一番年を食った現役です。(教える立場で)ガイドたちをガイドしていますから」と笑う。先生がガイドを無償(!)で始めたのは1979年のバード・ウォッチングからだというから、かれこれ30年近いキャリアになる。「釧路湿原のガイドは始まってまだ5、6年。ガイドの平均年齢も50代です。先駆者としての苦労ですか?それはなかったです。ただ楽しかった。だから勉強も楽しくできて、刺激を受けながら謙虚に取り組めた。気持ちを純朴にしないと自然の中には入れませんから」。途切れることなく続く、熱のこもった言葉は年齢を感じさせず、なんとパワフルな方なんだろうと思わずにはいられない。

「客の食いつきが悪い、というセリフを耳にする時がありますが、それはお客さんが悪いのではなく、ガイド自身の熱心さがどこまで伝わっているか。真っ白なお客さんをどう染めるかはガイド次第だと思うんです。例えば、帰りのバスの中から、案内した方々が私に向かって熱心に手を振ってくれるのがバロメーター。中には、撮った写真や絵手紙などの手紙を送ってくれる方もいます」。

吉田先生











先生がガイドの際に心がけるのは、科学的根拠や裏づけに基づいた説明だという。「昔はこうだった、というセンチメンタルな感情だけではなく、『科学する心』で若い人たちに湿原の姿を伝えたい。それを積み重ねることで、後の世代の人たちが、かつての湿原の姿を具体的に呼び戻せるかもしれませんから」。だから、先生の勉強の範囲は自然科学だけにとどまらない。歴史や気象、動物学、人類学、社会学…とジャンルは幅広い。「自らガイドすることで学習をします。その積み重ねが楽しくて、学習意欲につながっていくんです。お出でいただいたお客さんに自然のよさをお伝えするため、調べて最新の変化をお話しする。それをお客さんが喜んでくれ、これをきっかけに自然の豊かさが戻ればそれだけで十分です。お客さんたちを自然学習に連れて行ってあげられるよう、7人乗りの車も買いました」。割に合わない高い買い物だったとはもちろん思わない。

「強いて挙げれば、鳥の写真を撮るのが私の趣味です」と、その生活はまさに自然一色だ。「趣味を仕事にしているのが私の原動力。若い頃には、1週間飲まず食わずで、クマゲラの観察をしたこともあります。北海道の自然はまるで私のためにあるみたい、とすら思えるんです」。大自然の中に身を置き、そしてそこから得られる感動が、先生にとって無上の喜びなのだ。「まだまだ知らないこと、分からないことがある。人間、一生勉強です。真理の探究は面白い。それが私にとって喜びですし、年齢を問わず脳の活性化につながると思っています。暇さえあれば、体も動かして鍛えていますよ」という若々しい言葉を前に、実は(心が)年老いているのは、インタビュアーであるわれわれの方ではないかという気さえする。

吉田三郎・写真「キレンジャク」






昔の自然の姿を取り戻したい。これが先生の目標であり、人生の目的だというが、「今の現状も素直に受け入れています。それが地球の歴史なのだから。でも、自然があった方がより良いことだから、そこに一歩一歩近づけていきたいのです」。そしてこうも言う。「『手のひらを太陽に』(※作詞:やなせたかし 作曲:いずみたく)という歌の中に、『みみずだって おけらだって あめんぼだって みんなみんな生きているんだ 友達なんだ』という歌詞があります。この歌詞を作った人はえらいと思う。若い方たちに、地球を守ってくれた自然にもっともっと関心を持ってもらいたいし、これからもその豊かさを伝えていきたいです」。

インタビューの間中、「体調を崩して入院した際に、髪の毛を剃ってしまったから」と、ニットの帽子をかぶって離さなかった吉田先生。「しょうしい、しょうしい」と口にするので、言葉の意味をたずねると「『はずかしい』という意味の越後弁です」と答えが返ってきた。北の大自然にあこがれて、生まれ育った新潟県から、23歳で単身北海道に渡ってきたという先生は、それから約半世紀がたとうとする今も、変わらぬその情熱と共に、豊かな自然の水先案内人として湿原の上を歩き続けている。
                                (取材協力・星野高志)

活き活き人緊急インタビュー・『日本縦断!!就職冒険日記』番外編・後編

畠山副代表が見事内定を勝ち取った就職先は、三重県伊賀市の山中にある『農事組合法人(※1) 伊賀の里モクモク手づくりファーム』。道民にはなかなかなじみのない名前ですが、モクモク手づくりファーム(以下、モクモク)についてもディープに語ってもらいました(^.^)

― モクモクの衝撃 ― 

活き活き人スペシャル畠山3







H「モクモクを知ったのは、前の職場(中小企業家同友会)でモクモクの専務理事さんの講演会を聞いて。1個の組織体として『いかに社員をその気にさせるか』『いかに社員のヒラメキを引き出すか』ということを理論的に考えていて、経営戦略的な話も含めてスゴイなぁと思いました。モクモクが面白いのは、1つの企業が一次産業、二次産業、三次産業を、全て包括して成り立たせているということ。1つの地域の中で食料を作り、再生可能なエネルギーを使いながら、人間関係のコミュニティを作るといった、自分のやりたいことがそこである程度行われていることに衝撃を受けましたね。社員は全国各地から集まっています。自分がモクモクに泊り込んで研修生活を送ったのは、昨年10月から12月の3ヶ月間ですが、研修生は就職を目指して来た人や、モクモクの先駆的な取り組みやノウハウを学んで帰りたいという人、中には路頭に迷って『ここにいたら三食メシが当たるから』という人もいましたね(笑)。」

― モクモクでの出会いから ―

H「学校のカリキュラムで、2週間ほど研修に来た女の子がいたんですが、彼女はグリーン・ツーリズム(※2)の観点からモクモクを評価し学びたいということだった。でも、それとは直接関係のないレストランなどに配属され『こんなことをやっていても私にはなんの学びもない』と言っていた。こんな姿勢ではなにも学べないと思い、『全然興味のないレストランでも、人の動かし方や接客のやり方など、いろいろなものを1つでも2つでも吸収してやろうという姿勢じゃないと、なにも得られないで終わったということになっちゃうよ』というような話をしました。彼女はちゃんと受け止めてくれて姿勢を改め、別れ間際に『そんなことを言われてよかったです』と話して帰っていきましたね。」

― モクモクでやりたいこと ―
H「二番煎じのような気がするんだけど(笑)、活き活き人のような視点でモクモクの社員を取り上げてみたい!そこで働く社員の生い立ち、どういった経緯で入社に至ったのか、仕事への熱い思いなどをざっくばらんに聞きながら、いわば『モクモク人』的な切り口で紹介し、お客さんにも伝えたい。モクモクの企業プロモーションビデオも作りたいという野心もわいてます(笑)。自分はレストランに配属される見通しですが、1、2年後には店長を目指し、人をどう配置し、どう持ち味を生かして回していくかといった仕事を任されると思います。研修の時も、レストランでお客さんと接していて面白かったし、ホール内を広く見渡して気を配るのも、裸心のイベントや会場で参加者が何を求めているかを察知するといった、全体を見渡して対応する感覚に似てる(笑)。今までやったことのない形で、レストランの面白いイベントも企画してみたいですね。見方や考え方によっては、ある意味毎日がイベントだし(笑)。要は自分がどう楽しんでやるか。いかに楽しくやるかという自信もあります。志を共にできる仲間と、楽しくやってやろうという希望で今はいっぱいです。」

― 畠山流・人間関係作り ― 

●モクモクでも生かされた、人間関係作りのポイントは?

H「人に対して好奇心を持つことが必要だと思う。その前提として、互いの違いを認め合う気持ちが大事。新たに出会う人から、自分とは違う生き方や知識を吸収しようという視点でとらえると、いろいろな人との出会いが楽しくなる。それが今の自分の行動の原点でもある。そして、どんな場でも勇気をふるって一歩踏み出すことが必要。3年前に札幌から釧路に転勤して来た時も、知り合いは誰もいなくて、なんとか糸口を見つけて人と知り合いたいという思いがあった。さまざまな機会を積極的にとらえて、きっかけを自ら作ったことで今の自分がある。きっかけは誰かが与えてくれるものじゃない。時には誰かが演出した場に乗っかることも必要だけど、どこかで勇気を振り絞らないと。」

●では、最後にみんなへのメッセージをお願いします!

活き活き人スペシャル畠山4







H「各地を回って出会った人と、裸心の話をすると『そういうの、いいねぇ』と言ってもらえた。釧路に限らず、どこの地域でも人と出会う場が求められ、必要とされているんだなぁと思う。自分のように裸心を離れ、新天地に行く人が他にもいるだろうけど、裸心での経験は間違いなく生きる。自分の不完全さを認めて、かつ相手を受け止める気持ちを持って積極的に人と接すれば、どこへ行っても打ち解けてやっていけるよ、とみんなにエールを送りたい。ボクが戻って来た時、裸心がないのは寂しいから、裸心は永遠に活動してください(爆)。」

※1 農業協同組合法の規定に基づいて設立された、組合員の農業生産についての協業を図ることで、その共同の利益を増進することを目的とした法人。

※2 農村漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型余暇活動。

緊急インタビュー・『日本縦断!!就職冒険日記』番外編・前編

緊急インタビュー・『日本縦断!!就職冒険日記』番外編・前編

今年2月、あの男が釧路に帰ってきた―。その名は「なんちゃって副代表」(笑)こと畠山義明。職場を退職後の昨年7月末、釧路を旅立ち日本縦断の就職冒険旅行を繰り広げていた彼が、このたび三重県で再就職を決め、おなじみのブログ『日本縦断!!就職冒険日記』に、ついに終止符を打ったのでした。この凱旋の一時帰釧に合わせ、約半年間の冒険旅行を振り返る緊急インタビューを行いました。いわば『就職冒険日記』番外編(^.^) 実際に彼が日本各地で見聞きした出来事や、体験し肌で感じたことなどをご紹介します。どうぞご覧ください! 

― 旅先での出会いから ―

●出会った人で、特に印象に残っているのは?

活き活き人スペシャル畠山1







畠山(以下、H)「清里町の清里イーハトーヴユースホステルで知り合った、山登りの好きな関西のオジサン。チェックインしてすぐに、隣の部屋にいた60歳近いオジサンが、なんでか知らないけどノックして入ってきた(笑)。それがきっかけでご飯を食べたりお酒を飲みながら、1日中話してたら、山の魅力についてスゴク語るんです。そんな話を聞きながら、自分は山登りに全然興味がなかったのにちょっと興味がわいた。オジサンが話す富士山の素晴らしさを聞き、今回実現はできなかったけど、一生に一度は登ってみたいなと。でも、自分の今度の就職先が山の頂上みたいな場所だから、働くところが山登り状態で不思議なめぐり合わせというか(笑)。改めて人との出会いを通じて刺激や影響を受けるもんだなぁと実感しました。再会できたら会いたいですね。」

●悪い意味で印象に残っているのは?

H「長野県の健康ランドでお風呂に入ってた時に知り合った、30代半ばの男性。日本縦断の旅の話をとても興味深く聞いてくれて、ぜひ一緒にご飯を食べようよと、健康ランドの宴会場でご飯やお酒をごちそうしてくれた(笑)。その人は旅館にAVの放映機を設置する仕事に見切りをつけ、パソコン関係の仕事に転じたばかりの方だったんだけど、後悔の念に駆られまくっているように感じた。20代後半の自分がやりたいことをやっている話を『いいねぇ。いいねぇ』とうらやましそうに聞いている様子から、やりたいことをやらずに来た結果として現状に満足できず、自分の話に興味を持ったんだと思う。」

●ある意味対照的な2つの出会いから感じたことは?
H「山登りのオジサンから、1人の人間の生き方の手本みたいなものを学んだ気がする。自分のやりたいことを見つけて、仕事とプライベートを両立させながら、あんな年齢になってもそれに向かって実際に行動していることに刺激を受けましたね。」

― 畠山副代表の目に映った格差社会 ―

活き活き人スペシャル畠山2







H「東京に行って、六本木ヒルズのような超高層ビルに入ったら、中では1枚4万円もするようなきらびやかなシャツが並んでいる。一方、年明けに行った大阪で、新今宮の駅高架下にある、普通の人がおっかながって寄り付かないような『ブルーテント街』というスラム街を歩いてみた。住人から漂う異臭がすごく、自分と年齢の変わらないような意外に若いホームレスもけっこういて、何をするでもなくダラーッと横たわっていた。自分が食べなかったお菓子を『捨てるくらいならあげたいな』と置いてきました(笑)。同じく新今宮駅の近くで、路上でたこ焼きを売っている人が、その日の売れ残りを近くのホームレスに配っているのを見て、こういう人たちはお互い助け合って生きているんだなと改めて思ったり、東京の駅でホームレスがチームで協力して、捨てられた雑誌を拾い集め、手作りの簡易売店で半値くらいで売っているのを見て、連携してのたくましい姿に、なんとも言えない感じがしました。自分なりに実際の現場を見て、釧路じゃ分からない格差の現状を感じましたね。だから自分にどう出来るかというと、何も出来ないんだけど。」

●では、各地の中心街の現状は?

H「どこも似たりよったり。釧路の北大通と同じく、人通りがなくて商店街にシャッターが降りている。郊外の国道沿いに大型店がいくつもあって、中心街に人の姿がなくてという光景は、面白いくらいどこでも同じだった。そんな中で思い出すのは、商店街ではないんだけど長野県・小布施町。人を楽しませる創意工夫に富んだ仕掛けがある。一軒一軒のお店が歴史的建造物を生かした、思わず写真を撮りたくなるような店作りで、足を止めて見たくなる個性的な商品を扱っていた。自分用に小布施堂の栗菓子を買い、栗アイスを食べた(笑)。歩いていて楽しく、また来たいなぁという気にさせられたし、他の人にも勧めたい。釧路は中心街活性化のために何もやっていないとは言わないし、がんばっているなぁとは感じるけど、まだまだやれることはいっぱいあると思う。人が集まる場所と、そうでない場所との明確な差の違いを実感しましたね。」
(続く)

さよなら転勤族!ザ・ラストインタビュー

昨年夏、雄阿寒岳の前に立つ2人の転勤族の男がいた。『男山祭り』と称し、これくらいの山ならば楽に登れるだろうと、タカをくくって登山を開始した彼らだが、数時間後には山の4、5合目で失速し、大自然の前にあえなく力尽きることになろうとは、神のみぞ知るのであった…。

いながき







それから9ヵ月後の今年3月某日の夜、ヘタレな彼らは末広の居酒屋・いながきに姿を現した。男たちの名は、川島剛と滝田航(爆)。共に転勤が決まり、釧路を離れる日が目前の彼らを待ち受けていたのは、活き活き人スペシャルインタビュー(笑)。文字通りのラストインタビューだが、2人は最後にいったいどんな言葉を残すのか!?どうぞご覧ください(^.^)

活き活き人担当・及川(以下、0):共に神奈川県出身のお二人ですが、滝田くんは初の道内勤務となった前任地・函館からの転勤、川島くんは前任地・千葉県からの初の道内勤務だったんですよね。釧路に転勤が決まった時は正直どう思いましたか?

川島(以下、K):想像がつかず、イメージできなかった。

滝田(以下、T):何もないところだと思い、けっこう落ち込んだ。

0:裸心に参加したのはどんなきっかけから?

K:ホームページを見て。当時は友達が誰もいなくて、友達が欲しかった。フットサルをやってみたがなじめず、登山の会もチェックしたが本格的すぎてパス。団体名に裸という言葉を使っていたので、変なイメージを抱いたが(笑)、当時は必死だったので「合わなきゃやめればいい」と思い、おととし6月の金曜の会で裸心デビューしました。

T:おととしの秋、鶴居村の『ハートン・ツリー』で、参加者の小野くん(※現在、埼玉在住)と知り合い、裸心のことを聞かされた。いろいろな職種が集う転勤族の集まりと聞き、広がりができればいいなと思って参加しました。最初はこわいイメージだったけど、インターネットでも調べて変な団体じゃないなと(笑)。小野くんが初参加の金曜の会でサポートしてくれ、アットホームな感じがしたので、第一印象はよかったです。それからもなるべく来ようと思いました。


川島&滝田1







0:裸心に参加してどんなことが印象に残っていますか?

K:今でも鮮明に覚えているのは、おととし7月の『集まれ!転勤族』。イベント会場の受付で、受付スタッフに気さくに声をかけてもらえて、ウェルカムムードを感じ、それまでの手探りが実を結んだと思った。

T:一対一の交流や会話が、一番楽しかった。仕事以外で地元の人と知り合えたのがとても新鮮でした。


川島&滝田2












K:自分は末っ子に生まれたので、兄や姉の生き方を見て、いいものだけを吸収するのが習性(笑)。裸心には、イベントで全てにおいてビシッと決めるハ○シさん、まるで石田純一のように自分のかつての恋バナを語るイ○イさんや、「なるほどねぇ」の一言で以前からの知り合いのように友達になれるハ○○カさんのような人たちがいた。もうちょっと自分に欠けている部分を身に付けられれば、人間として成長するヒントや糧が得られると思ったので、マネしてみたけど簡単にはできなかった。今まで周りにこんなタイプの人はいなかったから、裸心に参加していなければそういう視点は得られなかった。

川島&滝田3












T:それまでは、職場の仕事関係のつながりばかりだったので、仕事の話しかせずに偏っていました。プライベートも大事にして、バランスよく食べたいな(笑)と思っていたので、それが実現できた。自分はカメラが趣味なんですが、それまでは動物や風景しか撮っていなかったのが、裸心に参加したのをきっかけに、人間を撮るようになった。自分にとってそれは大きい。裸心に入って、コミュニケーションが大事だ、基本は人間なんだと強く気づかされた。人が好きになりました。

0:釧路ではなにが思い出に残っていますか?

K:仲間ができたこともあり、釧路で趣味の釣りを復活させた。フィールドも、そこで釣れる魚も、自分の時空を越えていて、全てが異次元。アメマス、ニジマス、カラフトサケ…。ルアーを投げたとたん、バカでかい魚がバァッーと来て、まさに気分は釣りキチ三平!

川島&滝田4






川島&滝田5







T:渓流釣りを楽しんだ。例えばニジマスとか、こっちの魚は小さくてもイキがいい!釣竿が引っ張られるのを初めて体験した。それまでの待つ釣りというスタイルから、自分でポイントまで歩いていく釣りが楽しめました。

k&T:地元の人はこれが当たり前だと思っているけど、それは違う。釧路に釣りにまた来たい!!

0:転勤族の目に、釧路はどんな風に写りましたか?

T:いい素材がいろいろあるのにもったいない。食材もヴォリュームもいいのに、しゃれた店が少ないと感じる。釧路の魚介類は他に負けない。釧路ほど食べ物のおいしいところはなかった。内地の人はあまり知らないが、6月のトキサケの味は衝撃だった。回転寿司もハズレがない。釧路に来た当時、70キロだった体重が今や…(笑)。食べ物は釧路が一番。

K:釧路の味覚は最強かつアンビリバボー!個人的には味付けが濃いと感じるが、無限の可能性ありすぎっ。でっかいホッケとか、サンマの刺身なんて他では食べられない。夕日とグルメを組み合わせたりしたら面白い。ただ、そばの街というが『種込み』だとか『無量寿』だとか、転勤族にはメニューの内容が分からなくて不親切。写真や説明を載せるとかしてほしい。プレゼンテーションの仕方に問題があり、自己完結で終わっていると感じる。

T:末広が、ネオンだけがピカピカ光っている寂しいイメージに見える。飲食店の接客もよくない。仲良くなってくると違うのに、転勤族や旅人はそうなる前に通り過ぎてしまう…。道外から来た人が親しめる何かがほしい。動物園でシマフクロウが普通に見られるのも貴重だと思う。自分は動物園の年間パスポートを買ったぐらいで、本当は動物園にもっと人が来てもいい。タンチョウもスゴイ。まるで日本じゃないと思う。仕事でフライトした時、空中から見た釧路の夜景はきれいだった。夕日もきれい。製紙工場の煙突を見て、パルプのにおいを嗅いだら、「帰ってきたなぁ」という感じがした―。

川島&滝田6







0:川島くんは東京都・品川へ、滝田くんは京都府・舞鶴へとそれぞれ旅立つわけですが、裸心プロジェクトに向けて、最後に一言お願いします。

K&T:参加者、スタッフ一人ひとりが、交流を大切にするんだという気持ちを持って、互いの交流を目的とする活動の原点を大事にしてください!

0:引越しの準備などでお忙しい中、今宵はどうもありがとうございました!!

いながき店舗前

年末特集・活き活き人座談会

◆再び、活き活き人について

―みなさんにとって、活き活きとは、活き活きしている人とはなんでしょうか?

活き活き人座談会本間聡美さん・石黒さん







本間聡:自分ががんばっているって思える時!仕事でも趣味でもいいんだけど、ダラダラしてるんじゃなくって、目標が見えて、それに向かっている時。そういう人はすごくステキだし、やっぱり輝いて見える。身近では例えば、参加者の佐々木亜矢ちゃん(※第6回 活き活き人)。韓国に行って日本語教師として働くという目標に必死で、わたしはうらやましいし、自分もああなりたいなぁと思う。あと、あたしは仕事しないでダラダラしてる生活とか人が、基本的にイヤだから(笑)、仕事とかがんばっている人がやっぱり好き。そういう人を見ていると、活き活きしてるなぁと思う。自分は仕事で疲れている時、裸心のみんなと会うと笑って発散できるし、明日もがんばろうって思える。

石黒:1人では活き活きできないって部分があると思っていて、裸心での人との出会いや会話から、影響や刺激を強く受けてます。オレもがんばっている人がすごく好きなんだけど、自分が基本的にそんなにがんばるタイプじゃないから、人から感化されてきっかけをもらえる。それを長続きさせるのが、なかなか難しいけど(笑)。やっぱり会社と家をただ往復するだけじゃ、刺激を得るきっかけが生まれない。仕事だけじゃなく、プライベートも充実して相乗効果を得られ、活き活きするという感じですね。もちろん人間だから波もあれば、裏も表もあるワケだけど(笑)。悩みとかダメな所だっていっぱいあるし。その中で裸心は、自分にとって楽しみであり生きがい。いろんな人と知り合い、自ら進んで何かをして、みんなと楽しもうというきっかけを与えてくれた。実はそういうタイプじゃないよね、ってけっこう言われる(笑)。自分で動かないとダメだなと思ってるから、率先してやっていきたいですね。

活き活き人座談会本間尚美さん2











本間尚:『活き活き』って言葉は、裸心に入るまであまり見たことなかったのね。最初ブログ見ていて「活き活き人って何なんだろう?」って思った(笑)。でも読んでいくと「そうか、この人こんな風に思ってるんだぁ。こういうことを活き活きって言うんだ」みたいに、だんだん分かってきた。あたしもあまり外に出ることがなくて、会社と家の往復ばかりだったから、裸心に来ていろんな人と話をしたら、あたしは何をやってたんだろう、って自分がすごく情けなく思えて、活き活き人の取材依頼が来た時に、どうしてあたしなの?活き活きに見える?って、周りの人に聞いたの。自分は目標も何もなく、ただ楽しんで生きているだけなのに、活き活き人に選ばれた理由がなんなのか知りたかった…。

活き活き人座談会石黒さん2







石黒:それは具体的な目標とかが有るか、無いかということじゃなくて、人それぞれだと思う。やっぱり選ばれるってことは、人になにか影響を与えているんだよね。みんながブログにコメントを寄せているのも、そうだからだと思う。

一同:全くその通り。

相原:言いだしっぺであるオレの活き活き人の定義を語ると、最大の活き活き人とは『やりたいことをやっていて、自己表現している人』。裸心がずっとコンセプトとして掲げているのが、活き活きするきっかけ作りの提供なんです。キーワードは,笋蠅燭い海箸鬚笋襦文つける)⊆己表現をしよう の2つ。自己表現をする上で、自己紹介すら出来なかったら自己表現にならない。だからボクは、裸心では自己紹介にこだわっているんです。

なにがし:みんなの話を聞いてて思ったんだけど、以前と違ってステキだなとか、元気だなとか、単純にそういう人がオレの中では活き活き人だな。

―最後になりますが、これからも裸心と関わっていく中で、みなさんの抱負などを聞かせてください。

活き活き人座談会全景







本間尚:みんなでパークゴルフの練習をしていた時、冗談で「100歳になっても、こうやって集まっていろいろやれたらいいね」って(笑)。あたしは、このみんなとの関係を、ずーっと続けていけたらいいな、関わっていきたいなって思う。最長老と言われるまで(爆笑)。転勤者が多い集まりだからドンドン入れ替わるだろうけど、この関係はなくさないでいきたいし、その中で何かやる時「尚ちゃんも呼ぼうか」って、忘れられないような立場になれたら嬉しい(笑)。

石黒:人生の目的を考える時、どれぐらいの人にめぐり合うかが、この世に生まれてきた1つの目標だと思う。そういう部分では、裸心で新規の参加者に出会えるのが楽しみ、っていうのが一番の抱負。『活き活きするきっかけ作り』のような、裸心の基本を忘れずにいつもいられたらいいかなと。新規の方でも、最初からそういうコンセプトを自分の中に持っている人がいて、そんな話を見たり聞いたりすると、感銘を受けるし素晴らしいなと思う。

本間聡:どういう形であれ、いつまでも裸心に携わっていきたいなぁと思う。あたしは転勤族だからいつか離れてしまう。でも、釧路に来て裸心を見つけたように、どこか新しい地へ行っても、仕事以外は家に閉じこもるんじゃなくて、裸心みたいな新しい場所を探し出す自信がある。自分で手段を身につけた(笑)。できることなら釧路にいて、ずーっとこの裸心に関わっていけるのが最高だけど、もし転勤しても、自分で見つけたいろんなサークルに顔を出していると思う。

及川:話題が尽きないところですが、この辺で座談会を終了したいと思います。みなさん、お忙しい中、いろいろなお話を聞かせていただき、どうもありがとうございました!!

年末特集 活き活き人座談会

◆裸心プロジェクトについて

―みなさんにとっての、裸心の魅力とはなんですか?

活き活き人座談会石黒さん・本間聡美さん







本間聡:自分と違う価値観の人とたくさん出会える。「あぁ、こういう考え方を持っているんだ」と思うし、価値観が違うからって否定されない。いろんな人の話を聞くことで、自分の考え方も変わったりするので、こんな貴重な体験をできる場所はホントにないと思う。金曜の会に出ていた最初の頃は、お酒を飲みに行くのがメインだったけど、今はいろんな人のいろんな話題を聞くのが楽しくてクルマで行く。お酒はいらない(笑)。

石黒:社会に出ると、そうそう新しい知り合いや友達って作れないし、世代が違うとなおさら。自分は、裸心で知り合った人たちに、テニスサークル的な集まり(※石黒テニス部)を呼びかけたんだけど、今までやれなかったことができたし、みんなから感謝されたり、自身が感激する出来事もあった。参加することで視野が広がったし、裸心っていろんな可能性があるなと思います。週末にビッチリ裸心関係の予定が入っている月もあり(笑)、その分お金はかかるけど、楽しいし、充実しているので、自分にとってはすごくいい機会でしたね。

活き活き人座談会本間尚美さん3







本間尚:始めから楽しかったか?というと、そうじゃないんだけど、なんで今まで続けてこられたんだろうって考えると、裸心は営利目的じゃない。年取ってくると新しい友達がいなくて作る機会もないけど、行って「あの人と友達になりたいな」とか、話してみて「この人、いい人なんだな」とか、そのきっかけを与えてくれた。あたしは今の小さな職場にずっといて、大きな団体に入ったこともないので、あまり人のいいところや悪いところに触れたりすることもなく、他の世界を知らなかった。裸心は今まで経験したことのないような行事がたくさんあるから、ドンドンあれも行きたい、これも行きたいって楽しみがある。自分はそれまで何もしてなかったな―、とも考えるけど、この年になって裸心に出会えたのはすごく大きいと思う。
 
―これから参加しようかと考えている人たちへのアドバイスも含め、裸心にもっと参加しやすくするためには、どのようにすればいいでしょうか?

本間尚:金曜の会に初参加の人の、「面白くなかった」「行かなきゃよかった」という言葉を、人づてに聞いたことがある。そういう話を聞くと少しさみしくて、理由を聞いてみたいとも思うんだけど、ただ来るだけじゃダメなんじゃないかなと思うの。初めてで周りは知らない人ばかりだから、勇気がいると思うんだけど、自分から隣の人とかに話しかけられたりしたら、絶対違ったのになぁと思う。

本間聡:参加しようと思って、勇気を出して金曜の会に足を運んだら、自分から一歩踏み出してほしいと思う。こちらからも話しかけるけど、その前に自分から「こんにちは(こんばんは)、初めて来ました」っていう、たった一言でいいと思うの。その一言があれば話しかけやすい。裸心の存在を知らない人はホントもったいないなぁと思う。

石黒:最近金曜の会の人数が多くなってきたので、気配りが回ってないのかなぁって気がする。以前はすぐ名刺交換などしながら、新しい人たちとなじむようにしていたんだけど、今は話す相手が固定してしまい、なかなか新しい人たちと自分たちが溶け込む場面が少なくなったような気がするので、みんながそういうところを意識してやれたらいいなと。初めて来た人に誰かがきっかけを作ってあげたり、なにか一工夫したほうがいいと思う。

本間聡:最近、金曜の会の自己紹介の時間もないよね。

石黒:固定した参加者が増えて名刺交換の場面が減っているから、初参加の人に名前と顔を覚えてもらえるように、名刺を持っている参加者は必ずあげるようにしたほうがいいかな。

本間尚:あたしは、隣り合わせになった人に名刺をあげたりしているし、そういうのは大事だと思う。

活き活き人座談会石黒さん・及川さん







及川:ただ、以前は参加者が自分から名刺を用意して来たんだけど、最近はこちらからあげても名刺を持ってない人が多い印象がある。あげてももらえない。

石黒:手書きの連絡先だけでも用意があったんだけどね。

本間聡:あげた名刺にこちらの連絡先が書いてあっても、後から「昨日はどうもありがとうございました」みたいなメールとかがない。

活き活き人座談会及川さん・本間尚美さん







本間尚:それだと名刺をあげる気がしなくなっちゃう。あげなくてもいいかなって。あたしは名刺をもらったらお礼のメールを返してます。

及川:結局、こちらの連絡先を渡しても一方通行では、そこから先につながらない。交流の場だと考えて会場に来ているはずなのに、実は交流のツールをちゃんと用意していないし、一方的に名刺を受け取っても、自分からも努力して後につなげるフォローをしていないように見えてしまう。名刺さえあればいいということではないんだけど。

なにがし:金曜の会のブログの告知に、もし名刺のようなものをお持ちでしたらご持参ください、と書いてもいいかもしれないね。
(続く)

年末特集 活き活き人座談会

 活き活き人担当スタッフ・及川です。平成19年の終わりを間近に控え、ブログコーナー『活き活き人』に今年登場した方たちに、取材当時を振り返り、今の思いを改めて語ってもらう座談会を企画しました。11月18日(日)夜、裸心・相原代表が店長を務めるビストロ・バー「ベルジュ・エーワン」で、テーブルを囲んだのは次の4人の方々です(敬称略。以下同)。

●石黒司(第13回活き活き人)
●本間聡美(第14回活き活き人◇裸心PJ現スタッフ)
●本間尚美(第17回活き活き人)
●相原真樹(裸心プロジェクト代表★特別参加)

活き活き人たちが語る、それぞれのあり方や裸心への思い。他の参加者のみなさんや、「これから参加してみようかな?」と思っているブログ読者の方々に、きっと何かを感じ取ってもらえる、マジメで楽しい充実した1時間半となりました。その全てをご紹介できないため、ダイジェストを3回に分けてお送りします。どうぞご覧ください!
(座談会 司会進行、編集:及川義教)

◆活き活き人について

―それまで、『活き活き人』を読んでいて、どんな印象を持っていましたか?取材の依頼が来たとき、どう思いましたか?

活き活き人座談会石黒さん1







石黒:あぁ、こんな人たちがいるんだ、すごいなぁと思っていました。まさか自分が取材を受ける立場になるとは(笑)。自分で本当にいいのかな?と思いましたが、人間は悪いところばかりじゃなく良いところもあるので、他の人に何かいい影響を与えられる部分があればいいな、と思い、取材を受けました。



活き活き人座談会本間聡美さん1







本間聡:素敵だな、目標を持って毎日生きてる人っていいな。あたしもこうなりたいなぁと。取材の依頼が来た時は、あたしは違うと思うけどいいの?という感じでした。実はプライベートで落ち込んでいた時期だったので、後から「やっぱり断っていい?」って(笑)。自分で乗り越えましたけど(笑)。


活き活き人座談会本間尚美さん1







本間尚:正直、あたしでいいの?と、何度も聞き返しました(笑)。みんな何かを目標にがんばっていたり、取り上げられる価値のある人ばかりだったので。実際に取材を受けて、質問に答える形で、自分では見えなかった自身のことを形にしてもらい、出てよかったと思っています。

―『活き活き人』に出た後、どんな反響がありましたか?それに対しての感想は?

本間尚:ブログに寄せられたコメントを読み、こんなに書いてくれるんだぁ、と思ってホントにすごくうれしかった。活き活き人に出てから初めて会った人や、それまで挨拶程度だった人からも「読んだよ、よかったよ!」と話しかけられたり、メールをもらったりして、みんな見てくれてるんだなぁ、って。

石黒:「すごくよかったよ」「がんばってるんだね」と言われ、ボクもうれしかったし、もっとがんばらなきゃダメだな、と思いました。出ちゃうとあまり悪い所を見せられないので、そういう部分ではチョッとプレッシャーもある(笑)。

一同:わかる、わかる(笑)。

石黒:活き活き人に出たことで、今まで中途ハンパで投げ出していたようなことも、今度はやり通さなきゃ!と思っているので、いい意味できっかけ作りになりましたね。

本間聡:自分はありのままを話したつもりなんだけど、みんなに「よくがんばった!」ってほめられた(笑)。ほめられることって、オトナになったらなかなかないから、単純に嬉しかった(笑)。

活き活き人座談会相原







相原:人から取材を受け、自身の生き方的なことをいろいろ話す機会って、めったにないじゃないですか。活き活き人に出ることで、そういった自分の考えが整理される部分があると思うんです。質問をされ、ふだんあまり考えたりしないようなことを考えて、それに答えていくという作業はコーチング(※)的な側面もあるんじゃないかと。そして、それを一つの文章にしてもらって読むことで、更に自身の生き方が具体的に整理されるように思います。ある活き活き人の方に取材を依頼したところ、当初「就職活動で大変なので申し訳ありません…」と断られたんですが、そんな時こそこういうのに出たほうがいいと思いますよ、という話をしました。実際取材を受けたことで整理されたみたいで、直後に就職が決まったような感じでしたね。取材は就職面接に近いものがある(笑)。いわば自己分析。

石黒:取材は、ふだんの生活の中にない貴重な機会でしたね。ああいう形で写真や文章が残ると、後で自分はあの時こんな風に思っていたんだと確認でき、いい振り返りになる。

本間聡:インタビューされるなんて、ホントに面接の時くらいしかないよね(笑)。

本間尚:わたしは、自分が出た回とみんなのコメントを、プリントして取ってます。読み返したい時にすぐ出せるように(笑)。取材でいろいろ「その時どう思ったの?それはどう思うの?」と聞かれ、答えるのにすごく考えたので、ふだんはそんなこと考えてなかったなぁ、って改めて思います。

※コーチングとは、相手の目標達成のために役立つアイデアや情報を、その人自身から引き出すコミュニケーション・スキルのこと。コーチ役がクライアントの話をよく聞きながら、クライアントが必要とする情報が揃うよう、自身で気づき、答えとして出てくるような質問(問いかけ)をしていく。
(続く)

第17回活き活き人

 今年9月のある金曜の夜。裸心プロジェクトが月2回主催する交流会『金曜の会』が、いつものように盛り上がる中、1つの記録が終わりを告げようとしていた。それは、金曜の会への21週連続参加という大記録(笑)。この時、記録の主は職場の慰安旅行のため、中標津・養老牛温泉にいた。心の中で彼女は思った。「阿寒湖温泉だったら車で参加したのに」…。今回の活き活き人は、この記録の持ち主である「尚ちゃん」こと、参加者の本間尚美さんに登場していただきます!

       第17回活き活き「人」本間尚美さん
 
 ― 「あたしのいない時に面白かったらどうしよう! 」 ―

第16回活き活き人 本間尚美さん






 昨年10月、日曜の朝の空気がまだ静かな釧路市内。高まる期待を胸に尚ちゃんは、女友達と1台のバスを待っていた。てっきり「オンボロの小さなマイクロバスが迎えに来ると思っていた」彼女らの前に、現れたのは28人乗りの立派な中型バス。「エェー、なぁに!?本物じゃない!」。大きなフロントガラスの向こうには、『裸心プロジェクト』と書かれたプレートが、さりげなく掲げられていた。裸心バスツアー『みんなでGO!GO!秋のグルメ&癒しの旅』である。

ツアーに参加した男女21人を乗せ、バスは一路十勝を目指す。レストラン『大草原の小さな家』(鹿追町)で賑やかにランチバイキングを取り、十勝エコロジーパーク(十勝川温泉)や、アイスクリームで知られる『ハピネスデーリィ』(池田町)などを経て、旅の終着地点はワイン城(同)。車中ではクイズ形式のゲームや、参加者の笑えるトークなどが次から次へと繰り広げられた。「みんな、ふだん仕事してるはずなのに、いつこんな企画考えたんだろう?」「遊び半分のプーさんじゃなくて、本格的な人たちの集まりなんだぁ」。共に裸心イベント初体験だった親友と、ドキドキワクワクしながら小さな大冒険を味わった尚ちゃんだが、さらに印象に残る出来事が、日帰りのツアーバスの中で起きたのだった。

きっかけはジャージを着込み、引率の教師役に扮したある裸心・男性スタッフが、途中下車し帰路につく参加者たちへ、感謝の拍手を送ったこと。「○○さん、お疲れさまでーす!!」。盛んな拍手の輪が自発的に車内に広がり、照れくさそうに降りていく一人ひとりを送り出していった。「ふだん忘れがちだけど、こういうことってすごく大事じゃないのかな」。ただ面白いだけじゃなく、いい人たち、いい集まりなんだ―。その夜開かれたツアー二次会にも、つい親友を引っ張って参加した尚ちゃん。すっかり遅くなった帰り道、この日出会った参加者たちの顔と名前を、2人でアレコレおさらいしながら家路についたという。

第16回活き活き人 本間尚美さん






それからの金曜の会に、常に尚ちゃんの姿があった。バスツアー直前に開かれた金曜の会が、実は彼女の裸心デビュー。「当日は余裕がなくてほとんど聞き役。ちゃんと自己紹介が言えず、他の人たちの方が面白かった。本当はサービス精神を発揮して、一言みんなを笑わせて挨拶を終わらせたかったのに」。参加者が名刺をくれたのにもビックリしたそう。「『エッ、なにこれ?』っていう不思議な感じ。自分は営業の仕事とかじゃないから、名刺を持っていなかった。すっごく嬉しくて、かっこいいなと思い、自分も名刺を作りました」。名刺が手元にドンドン増えるのが楽しくて、名刺入れも新たに買ってしまった。

「職場の人数はわずかだし、仕事で接する人は限られていたけれど、裸心の参加者は年齢も職業もバラバラ。今まで会ったこともない人たちと話すのが新鮮だった」。そんな彼女も、初めての金曜の会の前は「参加者の顔も年齢層も知らず、そんな中で落ち込んで寂しく帰ってくるのはイヤだな。気持ちは若いつもりでも、キャピキャピした若い子ばかりだったら、ノリについていけないのがこわい」と思った。さらに「初めの頃はただ参加するだけで、自分から溶け込めず、楽しんでなかった。『あたし、なにも話せなかった…』みたいなこともあり、反省したけれど、それを生かせず空振りに終わった時もある。でも、足を運んでいれば何かいいことがあった」。もちろん今は「楽しんでいます。楽しみながら参加し続け、たまたま『アレ?そういえば金曜の会を一度も休んでない』って気づいた」。イベントにも積極的に参加し「ほぼまんべんなく楽しんでます」。その原動力になったのは、「あたしのいない所で面白かったらどーしよう!」という思い。「なにか楽しいことがあるんじゃないかな」これが基本だ。

第16回活き活き人 本間尚美さん
あのバスツアーから約1年。今年9月末に行われた裸心・網走バスツアーに、尚ちゃんは「サブサポーター」というスタッフの立場で加わる。


ある裸心・女性スタッフは、今回彼女にサポーターをお願いしたワケをこう語る。「以前、あるイベントをスタッフ宅で企画していた時、居合わせた尚ちゃんがとってもイキイキした表情で、いろんなアイデアを出してくれ、『ふだんのリラックスした場でこそ彼女のよさが発揮されるんじゃないかな』と感じた。今回のバスツアーで、みんなにその魅力を少しでも知ってもらいたいなーと思った」。自分では普通のつもりなのに、なぜか周りからは「面白い」と言われる彼女の魅力。それをツアーで出してほしいというリクエストに、はじめは断った尚ちゃんだが、「(ツアーの)空気が柔らかになり、みんなに笑ってもらえたら」と、車内で出し物を担当するサポート役を引き受ける。当日は、1週間かけて手作りしたボード数十枚を使っての『頭を使ったトレーニングゲーム』を披露し、盛り上げ役として旅に色を添えた。無事ツアーが終わり、みんなから「よかったよ!」「楽しかったよ!」と言われ、「こんなことでそう言ってもらえるなんて」と嬉しかったそうだ。

バスツアー1ヵ月後の今年10月末には、裸心・南大通探訪ツアーのイベントリーダーも務める。市内米町で生まれ育ち、勤め先も南大通にある尚ちゃん。古きよき釧路の面影などを訪ねて歩き、地元のよさを再発見するガイド役に適任、と白羽の矢が立った。地元ゆかりの作家・石川啄木のスタンプラリーの台紙を用意したり、懇親会の会場であるお寿司屋さんに当夜のメニューを掛け合ったり。いざ本番では、参加者に「お母さん(みたい)」と言われた彼女(笑)。ツアー終了後、参加者たちから「ふだん、あんなイベントってないよね」「おもしろかったよ!」とメールをもらい、「これで楽しかったんだ。よかったぁ」とホッとしたそう。また機会があれば、裸心の企画を手助けしたいと思っている。

「尚ちゃんは輝いている」。裸心・網走バスツアーの直後に開かれた、バスツアー打ち上げ大会の席で、彼女はある裸心・女性スタッフからこう言われ、気恥ずかしかったという。「この1年で自分がどう変わったか、と言われても分からない。考え過ぎちゃう性格だし、マイナス指向という自覚があり、周りからもそう言われるので、全然深く考えずに今を楽しんでます」。尚ちゃんは、裸心参加1周年を過ぎた今の思いをこう語る。「初心を忘れず、まだ新人で行こう!」。参加して新たに見つけた自分もいる。「裸心のみんながあたしのオーバーアクションに気づき、拾っていじってくれた。『あっ、そうか。ドンドンいじってもらえばいいんだ』と思った」。実は彼女、1人でいることがイヤな人なのだ(笑)。

第16回活き活き人 本間尚美さん






自称・裸心の年長(組)さんである尚ちゃん。「裸心には若い人ばかりじゃなく、年長さんにも来てほしい。年を取っても一緒に楽しめる、こんないい場所があり、参加者もいい人ばかり。人と知り合う機会を求めて交流の場を探す転勤者の気持ちも、参加して初めて知った。みんなを楽しませてあげられたら」。金曜の会連続出場という記録は確かに終わった。だが、そこに楽しいことがあり、楽しませたい人がいるかぎり、尚ちゃんの時代(笑)はきっとまだまだ終わらない。
             
◎写真撮影・取材協力=千葉 志津子
記事検索
バックナンバー
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

携帯入り口
QRコード
LINEのアカウントが出来ました!
イベント・交流会の情報はもちろんのこと、急遽中止になった際の配信もしています。
LINEをお使いの方は、ぜひ友達追加をお願いします!

<スマートフォンでご覧の方>
友だち追加
↑こちらのボタンをクリックしてください↑

<パソコンでご覧の方>
写真 2017-04-14 7 47 03

スマトフォンでQRコードを読み取るか、「@bbz6503f」をIDで検索して、友達追加をしてください。
Facebookページ
釧路「金曜の会」会場
札幌「金曜の会」会場
  • ライブドアブログ