活き活き人担当スタッフ・及川です♪ハリウッド映画『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(マーティン・ブレスト監督/1992年)の中に、忘れられない名シーンがあります。名優アル・パチーノ扮する盲目の退役軍人が、ニューヨークのレストランでガブリエル・アンウォー演じる若き美女の手を取って、ため息の出るようなダンスを踊ってみせる場面です。2人のバックに流れた音楽はカルロス・ガルデル作曲の『ポル・ウナ・カベーサ』。そう、タンゴの名曲として知られる一曲です。そして先日、そのタンゴの公演が釧路で開かれました。

        オスバルド・レケーナ&スアレス・パス
      〜 タンゴ奇跡のデュオと情熱のタンゴダンス 〜
         (2月25日夜・釧路市民文化会館)
レケーナ/スアレス・パス タンゴ・セッションズ2009












ピアノのオスバルド・レケーナとヴァイオリンのフェルナンド・スアレス・パスという、タンゴの本場アルゼンチンの2人のマエストロを座長格に、楽器奏者や女性歌手、3組のタンゴダンサーのカップルが加わった総勢13名の全国ツアーで、レケーナとスアレス・パスのデュオのパートあり、美貌の若手女性歌手による歌あり、スタイリッシュなタンゴダンスや迫力の民族舞踊ありと、2部構成での盛りだくさんなステージでした。

6時半、古典タンゴの代表曲『ラ・クンパルシータ』で幕が上がったものの、始めはまだ演奏家たちもダンサーも十分ほぐれていない感がありましたが、7時ころにはすっかり体も温まったのでしょう、舞台が本場のタンゴの空気に染まりました。派手に個性を振りまくことなく、さながらタンゴの名職人といった風情の78歳のレケーナ、穏やかそうな面持ちの中にもどこか凛としたものを漂わせた68歳のスアレス・パス。バンドネオン(※タンゴには欠かせない、アコーディオンに似た形の楽器です)やチェロ、コントラバス奏者のベテランたちが彼らの脇を固め、新進の女性歌手、ベロニカ・マルチェッティはさすがに歌の貫禄では物足りなさを感じさせましたが、グラマラスなドレス姿でステージに立ち、どこか哀しいタンゴの愛の世界を振り付けも交えて美しく演じてみせました。

3組のダンス・カップルもそれぞれに個性がかいま見え、昨年の『第6回タンゴダンス世界選手権』ステージ部門で優勝を果たしたという、若いメロディ&ホセは生きの良さを感じさせるダンスを披露し、彼らとは好対照にゆとりのステップを踏む若手のジェシカ&アリエル、そして実力はお墨付きというベテランカップル、パウラ&クリスティアンはタンゴ歌曲『心の底から』では、花嫁と花婿の喜びをワルツ風の演出で踊ってみせ、舞台のフィナーレとなった『タンゴ、マランボ・メドレー』では、クリスティアンがリズミカルなタップを交えながらボレアドーラ(玉付き投げ縄)を見事に操り、ダイナミックな熱気あふれる民族舞踊をソロで繰り広げ、客席を大いに沸かせましたね。
タンゴダンサー
←ダンスカップルたち



今回のわたしのお目当ては、ヴァイオリンのスアレス・パスにありました。彼は、モダンタンゴの巨人として知られ、バンドネオンの名手でもあった不世出の大音楽家、故アストル・ピアソラが78年から率いた五重奏団に在籍し、彼の音楽の最後の絶頂期を支えた立役者の一人です。ただならぬ緊張感と情感に満ちあふれた、彼らの86年の傑作アルバム『タンゴ:ゼロ・アワー』の中の名曲『天使のミロンガ』で彼が聞かせた、ゆったりと静かにそしてかすかにすすり泣くようなヴァイオリンの旋律を、わたしは忘れようがありません!ピアソラとその音楽から放たれる、重く張りつめた強烈な磁場の中を流れた、スアレス・パスのあの音にぜひ触れたくて、そして彼の生の演奏が釧路で聞ける機会はもう二度とあるまいと会場に足を運んだのでした。
レケーナ/スアレス・パス


←スアレス・パス/レケーナ




古典タンゴやレケーナのオリジナル曲が中心の選曲の中、ピアソラへの敬意も含めてでしょう、ウィスキーのCMなどで知られる彼の代表曲の一つ『リベルタンゴ』もプログラムにありましたが、むろんこの夜はスアレス・パスの独演会でもなければ、ましてやピアソラ五重奏団のコンサートでもありません(当たり前の話ですけど…)。わたしの夢がかなうはずはなかったのですが、それでも、レケーナとのデュオの演奏の中でスアレス・パスが見せたヴァイオリンの節回しは、CDから聞こえたあの節回しをほうふつさせるものでした。そしてなにより、「現役最高峰」と称される彼のナマの姿を見ることができただけでもスゴイことだと思います。毎年この時期に釧路を訪れるこのタンゴ・シリーズ、来年はどんな顔ぶれがステージに現れるのか楽しみですね。ではいつかまた。
タンゴ:ゼロ・アワー



←『タンゴ:ゼロ・アワー』