久々のブログ登板であります、活き活き人担当スタッフ・及川です。今年最初にハートを揺さぶられたコンサートがあったので、その話題を。

西本智実&ロイヤルチェンバーオーケストラ2009ツアー in 釧路
       (2月3日夜・釧路市民文化会館大ホール)
西本智実




←西本智実さん





美人指揮者として知られ、TVやCMなどのメディアにたびたび登場している話題の音楽家・西本智実さんが、東京のオーケストラ・ロイヤルチェンバーオーケストラと共に、全国10都市を回るツアーの一環で来釧。道内はこの釧路公演のみでした。プログラムはウェーバーの歌劇『オベロン』序曲、モーツァルトのピアノ協奏曲 第21番(ピアノ独奏:歩・マノン・ヤンケ)、ブラームスの交響曲 第4番で、アンコールに同じくブラームスの『ハンガリー舞曲』第5番が演奏されました。ドイツ音楽で固めた、正統派の王道を行く選曲です。

実は、わたしは西本さんに「実力よりもビジュアル先行の指揮者なんじゃないの?」という疑いを抱いていました。彼女がロシアの音楽学校に留学していた当時をめぐる、経歴詐称まがいの疑惑報道が一部の雑誌に載ったり、実態のよく分からないロシアのオーケストラの主席指揮者や芸術監督といったポストに相次いで就任する一方で、日本国内では比較的マイナーなオーケストラばかり振り歩いているような印象があり、わたしの目にはメディアが作り上げた話題先行の音楽家に写ったワケです。そして今年、それを自分の耳で確かめる機会が巡ってきたんですが、ヨーロッパの楽団でもないのに“ロイヤル”を名乗るこれまたよく分からないオーケストラとのツアーということで、正直期待と不安が入り混じるコンサートでした。

チェンバーオーケストラ=室内管弦楽団の名のとおり、通常の大編成のオーケストラよりも少々人数を絞った楽団員がステージ上に現れたのに続き、まるでタカラヅカの男役をほうふつするような、憂いを帯びた細面でスラリとした容貌の西本さんが登場。ほぼ満席と思われる客席から、早くも熱い拍手が送られます。そしてやわらかいホルンの独奏と共に、1曲目の『オベロン』序曲が始まりました。夢幻的なメルヘンと軽快な躍動感とが曲中で交錯する、ドイツオペラの名序曲の一つであります。曲が進むにつれて各パート、特に弦楽器のバランスのよい響きが耳に残りましたね。比較的若い奏者が多いように見えましたが、技量の確かなよいオーケストラだということが伝わってきました。その華やかなルックスからは華麗でドラマティックな演奏ぶりが連想されますが、終始しっかりしたテンポでケレンなく曲を進める西本さんの姿から、「あぁ、誠実に地に足の着いた音楽を作ろうとしている人だ」と感じ、その容姿から周囲が勝手にイメージする彼女の音楽と、彼女自身が目指す音楽性との間にギャップがあることが、実はこの人の不幸なのではないかと客席で考えていました。それは西本さんがこれから更に年齢を重ね(わたしと同じくアラフォー世代です・笑)、その容姿が特に意味をなさなくなるまで付きまとうでしょうが、この人ならばきっとしっかり乗り越えることだろうと思います。
歩・マノン・ヤンケ



←歩・マノン・ヤンケさん





続くモーツァルトは、美しい第2楽章がスウェーデン映画『みじかくも美しく燃え』(1967年)で使われたことで知られる名曲です。この曲でも浮ついたところのない音楽が、ソリストと共に快適な足取りで進められますが、わたしは眠気を覚えてしまいました。その確かな足取りが、音楽の表情をやや単調にしていたように感じられたためです。例えば、もっと深い抒情といった陰影があっても良かったんじゃないかと。ただの好みの問題かも知れませんが、そんなわずかなさじ加減に、モーツァルトを演奏することの難しさを改めて感じましたね。
みじかくも美しく燃え

←「みじかくも美しく燃え」から



休憩を挟んで、いよいよメインのブラームス。この曲はわたしがクラシックを聴き始めた少年の頃に出会った、思い入れのとても強い一曲です。第1楽章冒頭で指揮者が弦楽器の主題を鳴らした瞬間から、集中力と緊張感をはるかに増した演奏がステージから伝わってきて、曲が熱を帯びるにつれ手が汗ばんできて身じろぎできなくなりました。第2楽章、第3楽章と、曲が進むと共に客席の空気が変わっていき、咳払いの音などがほとんど無くなっていったのがハッキリ分かったほどです。演奏を聞きながら、ブラームスはなんという偉大な曲を書いたんだろうという思いで、時折ウルッと来そうになりましたね。そして最後の第4楽章。おごそかな8小節の主題が運命的に響いた後、30の変奏とコーダに展開されていく、シャコンヌ(パッサカリア)というバッハ以来の作曲技法が用いられた楽章ですが、厳格ともいえる展開の中に作曲家が封じ込めた、静かな嵐のような情念に、客席で圧倒される思いでした。もう少し勇気があれば終演後に「ブラボォー!」と掛け声を送りたかったほど、偉大な楽曲とまっすぐに向き合い、その素晴らしさを曲自身に語らせた名演奏であったと思います。いやぁ、改めて人は見かけで判断してはいけないものなんですね(笑)。ではまた。