4月のある日曜の朝、釧路市鳥取北の静かな住宅街に『エコ・スタジオ』を訪ねました。昨年9月に開かれて好評だった、裸心PJ・釧路湿原ツアーのガイド役を務めていただいた、“吉田先生”こと吉田三郎さんのご自宅です。応接間のテーブルの上には、タンチョウの親子や珍しい野鳥の姿、馬でトロッコを引いていたかつての湿原風景の写真などがズラリと並び、吉田先生の満面の笑みと共に、取材に訪れたわれわれスタッフを出迎えてくれました。日本自然保護協会・自然観察指導員として活動する先生が、いったいどんなお話を聞かせてくれるのか(^.^)では、ご覧ください。

           第18回 活き活き人 吉田三郎さん

       ― 人間、一生勉強。真理の探究が面白いのです ―

「裸心のみなさんが、今まで案内した中で一番若かった。いつもは定年を迎えた60代や、40代、50代の方々を案内しているので、この時ばかりは身も心も若返りました」。若い人たちに、昔と現在の湿原の姿や自然の大切さを伝えたい。こんな思いでガイドに臨んだが、「みな反応がよく、何か教えたらすぐに返ってくる。意外に知識があって、ちゃんと勉強して来ていた。空気の読める知性の高い若者たちだった」と、ツアー参加者たちを絶賛する。チョッとホメ過ぎでは?とたずねたら、お茶を出してくれた先生の奥さまが、「家に帰ってきてから『みんな真剣に聞いてくれた』と話していたんですよ」と口を添え、裸心・湿原ツアーの印象は本当に強く心に残った様子だ。

吉田先生ご夫妻






現在72歳の吉田先生だが、「年を取ったガイドは自分くらいしかおらず、北海道で一番年を食った現役です。(教える立場で)ガイドたちをガイドしていますから」と笑う。先生がガイドを無償(!)で始めたのは1979年のバード・ウォッチングからだというから、かれこれ30年近いキャリアになる。「釧路湿原のガイドは始まってまだ5、6年。ガイドの平均年齢も50代です。先駆者としての苦労ですか?それはなかったです。ただ楽しかった。だから勉強も楽しくできて、刺激を受けながら謙虚に取り組めた。気持ちを純朴にしないと自然の中には入れませんから」。途切れることなく続く、熱のこもった言葉は年齢を感じさせず、なんとパワフルな方なんだろうと思わずにはいられない。

「客の食いつきが悪い、というセリフを耳にする時がありますが、それはお客さんが悪いのではなく、ガイド自身の熱心さがどこまで伝わっているか。真っ白なお客さんをどう染めるかはガイド次第だと思うんです。例えば、帰りのバスの中から、案内した方々が私に向かって熱心に手を振ってくれるのがバロメーター。中には、撮った写真や絵手紙などの手紙を送ってくれる方もいます」。

吉田先生











先生がガイドの際に心がけるのは、科学的根拠や裏づけに基づいた説明だという。「昔はこうだった、というセンチメンタルな感情だけではなく、『科学する心』で若い人たちに湿原の姿を伝えたい。それを積み重ねることで、後の世代の人たちが、かつての湿原の姿を具体的に呼び戻せるかもしれませんから」。だから、先生の勉強の範囲は自然科学だけにとどまらない。歴史や気象、動物学、人類学、社会学…とジャンルは幅広い。「自らガイドすることで学習をします。その積み重ねが楽しくて、学習意欲につながっていくんです。お出でいただいたお客さんに自然のよさをお伝えするため、調べて最新の変化をお話しする。それをお客さんが喜んでくれ、これをきっかけに自然の豊かさが戻ればそれだけで十分です。お客さんたちを自然学習に連れて行ってあげられるよう、7人乗りの車も買いました」。割に合わない高い買い物だったとはもちろん思わない。

「強いて挙げれば、鳥の写真を撮るのが私の趣味です」と、その生活はまさに自然一色だ。「趣味を仕事にしているのが私の原動力。若い頃には、1週間飲まず食わずで、クマゲラの観察をしたこともあります。北海道の自然はまるで私のためにあるみたい、とすら思えるんです」。大自然の中に身を置き、そしてそこから得られる感動が、先生にとって無上の喜びなのだ。「まだまだ知らないこと、分からないことがある。人間、一生勉強です。真理の探究は面白い。それが私にとって喜びですし、年齢を問わず脳の活性化につながると思っています。暇さえあれば、体も動かして鍛えていますよ」という若々しい言葉を前に、実は(心が)年老いているのは、インタビュアーであるわれわれの方ではないかという気さえする。

吉田三郎・写真「キレンジャク」






昔の自然の姿を取り戻したい。これが先生の目標であり、人生の目的だというが、「今の現状も素直に受け入れています。それが地球の歴史なのだから。でも、自然があった方がより良いことだから、そこに一歩一歩近づけていきたいのです」。そしてこうも言う。「『手のひらを太陽に』(※作詞:やなせたかし 作曲:いずみたく)という歌の中に、『みみずだって おけらだって あめんぼだって みんなみんな生きているんだ 友達なんだ』という歌詞があります。この歌詞を作った人はえらいと思う。若い方たちに、地球を守ってくれた自然にもっともっと関心を持ってもらいたいし、これからもその豊かさを伝えていきたいです」。

インタビューの間中、「体調を崩して入院した際に、髪の毛を剃ってしまったから」と、ニットの帽子をかぶって離さなかった吉田先生。「しょうしい、しょうしい」と口にするので、言葉の意味をたずねると「『はずかしい』という意味の越後弁です」と答えが返ってきた。北の大自然にあこがれて、生まれ育った新潟県から、23歳で単身北海道に渡ってきたという先生は、それから約半世紀がたとうとする今も、変わらぬその情熱と共に、豊かな自然の水先案内人として湿原の上を歩き続けている。
                                (取材協力・星野高志)